国枝史郎『血煙天明陣(上・下)』


もう一昔前になってしまうだろうか、中二病という言葉が流行した。
ある価値観を経験した視点から蔑む時につけられる状態、とわたしは理解しているが、子供らしい自由な価値観を否定する言葉だと思う。
大げさな名前をつけてみたり、必殺技がインフレになったりする。
誇大妄想とくくられることもあるだろう。
そのおもしろさが共有されるかどうかは、歴史的な背景へのはまり方が実は重要なのかもしれない。
妄想を共有するには共通の歴史が必要。
80年代だとRPG起源のファンタジーという背景に、まんが『バスタード』がうまく寄り添って、キャラクターと技をどんどん膨れさせていく。
そんな世界の作り方は、昭和のはじめにすでに国枝史郎によって実践されていたのです。

時は江戸時代天明年間。時の将軍徳川家治は病弱で今にも命の灯火は大きな風に吹かれて消えようとしていた。
その風を吹かせているのは老中田沼意次。
本作の田沼意次はたいそうな悪役で、将軍を手玉に取り、ヒロインを手篭めにしようと付け狙う。

ヒーローはといえば、国枝史郎のおもしろいところで、序盤に大活躍する人物が、中盤以降なかったことにされてしまうことが多々ある。
なので、基本的に国枝史郎は短篇作家だと思ったことです。
本作では剣の達人戸ヶ崎熊太郎がライバルにして邪剣の使い手臼杵九十郎が序盤はやりあうのだが、下巻になると熊太郎はさっぱり出てこない。
むしろ悪役だったはずの九十郎がヒロインの織江に恋をする。

そして本作最強の人物にして、国枝史郎の他の作品でも登場する十二神貝十郎と書いて「オチフルイカイジュウロウ」と読む人物。
中二病である。
田沼意次の側近にして、熊太郎にも田沼意次にも決して心を屈しない、独自の路線を行く。
加えてなんと忍術の使い手!
ふっと息を吐くと、隠れていた下っ端が壁越しに気絶させられる、とんでもない忍術だ。

とんでもない人物がとんでもない文章で活躍する。
「ままごとやろうヨーッ」
「血に蠢きノタウチ廻り、唸り、呻く、声、声、声。が、シーンだ!」
「足だ!足でダーッ!」
ああ、これはジョジョの奇妙な冒険だ……。
あの擬音の使い手が昭和のはじめにいたのだ……。

ただ、本作は新聞連載ということで、短篇や代表作『神州纐纈城』で見られる奇形・キチガイ・残虐性は鳴りを潜めている。
しかも下巻になるときちんと辻褄をつけようとして、連れて来られたネコのようなおとなしさ。
もったいない。
だが、平賀源内がヘンテコ屋敷を作ったり、キャラクターの豊穣さはまちがいない。
つべこべ言わずに勢いのある小説を読みたい方におすすめ。

片岡千恵蔵で映画化もされていたとか!こういうの21世紀に映画化するといいと思うよ。

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