全880ページ。かつては2巻分冊だった短篇集が1冊にまとまり、しかも改訳・新訳が入って早2年。次回『絶望』読書会にあたり、そろそろこいつを瓦解せねばなるまいと思ったが、一気に全部読み通すのは骨が折れる。そもそも短篇集を一気に読むと、ちがう味の料理が口の中で混ざったようでおいしかったはずのものが異なる印象で染めあってしまって、あまり好ましくない。短編は一つひとつ味わっていくのが良いのではないか。そう思い立って、これから毎日1つずつ読んでいくことにします。なおネタバレ全開です。そうでもしないとナボコフを読んで何かを書く意味がないので。
最初は「森の精」。日をまたぐ時計の音が鳴り、ドアからぼろをまとった老人が入ってくる。ひとしきり故郷の自然が破壊されたことを愚痴ると、蝋燭の火が消えて肘掛け椅子に座ったはずの老人は消えていた、という怪奇小説仕立て。
冒頭、「インクびんの影が震えている」という描写に不穏な影を感じる。部屋に風が吹き込んで揺れているということか?
謎の老人が入ってきた姿は「星の明るい夜の花粉にまみれ」と描写される。冬の寒い夜に雪が降っていたことと想起される。本当に彼が森の精だとしたら、語り手が彼の顔を「記憶を苛立たせ、鈍く疼かせる」と描写することで、幼少期の好ましくない思い出が蘇ってくるものと観ているのだろう。もちろん、老人は森の精なので「緑色の目」をしている。コートを「間違ったふうに」着ていることから、老人はこの後語られるように森から出てきて人間のしきたりを知らない設定なのだ。「コケモモのように赤い唇や、尖った耳」という描写からエルフぽさも感じられる。
老人が「大きな折り返しのついたドイツのブーツ」を履いているので、ナボコフ自身がベルリンに亡命した以降の作品と推測される。それは以降に語り手が故郷を離れた原因であるロシア革命による殺人、共産主義による自然破壊が語られることで、ナボコフ自身を引き写したかのような語り手を推測できる視点だ。
茫然とする語り手の前で自分を森の精だと明かす老人。すると幼いころに住んでいたロシアの大地がどれほど美しいものかを思い出す。森の精は自分の死の予感を語ると消えてしまうが、その言動はかなり感傷的であり、「ドイツにだって森は仰山あるじゃろう」とやや穿った見方をしてしまう。怪奇譚としては古めかしく決して目新しさはないが、4ページ程度に精緻な描写で想像力を換気する力はさすが。
という感じでちまちま読んでいきます。
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