コケカツ(102)

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若い頃に読む予定をたてられない本をいっぱい買って、数年前の引っ越しでがっつり処分した。それから本棚を2つ買って、これに収まらない本は処分するというルールを課している。一部、はみ出してる本もあるけれども……。
現時点では読んだ本が8割、読んでない本が2割くらいか。明石書店の『苦界浄土』のようにいつ読めるか分からない本、保育社の『原色日本地衣植物図鑑』のように読んだと言っていいのか分からない本も「読んでない本」。

先日早春書店にトートバッグ1杯もっていったので、少し買っていいかなと財布が緩んだ。
折しもりんてん舎さんが動画で棚を映してくれている。でも、いま欲しいのはそこじゃなかった。初めてのオンライン読書会でデニス・ジョンソンを取り上げ、その中で「レイモンド・カーヴァーのようなアメリカらしい作品」という意見があって、そうか、デニス・ジョンソンはオリジナル中のオリジナルだと思っていたけど、やっぱりさらにオリジナルがあるんだ。
そう思ってからカーヴァーを読まねばと思っていたけど、何せこのご時世、古本屋は閉まってるし書店にも置いてない。というところでりんてん舎に問い合わせたら、Haruki Murakami訳がほとんど揃ってたので、有名なのを2冊ほど。

デニス・ジョンソン読書会の時には、他に似ている作家としてブローティガンなどもあげられた。『ジーザス・サン』の頃はもうちょっと即物的でやんちゃだったけど、新しく訳された『海の乙女の惜しみなさ』では、なんだかなくすものがいっぱいあって不器用に生きてる晩年の金持ちばかりで、個人的にはあまり好きじゃない。死ぬまで前のめりでいてほしかった。もう死んじゃったけど。
その時に、実はデニス・ジョンソンは長篇が中心なのに、日本では『煙の樹』しか訳されてない、不遇の作家だという話も出た。
翻訳権が高いのかな、とかすぐお金のことを考えてしまうのはわたしの悪い癖だ。

いつもの年だったらGWが土日にしっかり被っていて、休日が減ることに文句を言っていたはず。でも、今年は自粛ムードとその先の自粛解放への期待と不安があるせいで、カレンダーへの文句はあまり聞こえてこない。
GWに『失われた時を求めて』光文社古典新訳文庫版を読み切った上で、カーヴァー1冊くらいは読み終えたい。でも、読み切ってしまうとまた新たに本を調達しなければならないという不安もある。読みたいけど読み切るのは困る。いつまでたっても終わらない競争みたいだ。

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