コケカツ(101)

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新型コロナウィルスの影響でリモートワークが始まった。わたしは家で誰にも会わずに黙々と仕事をするのが大好き(でも、得意ではない)なので、全く気にならないどころか大歓迎なのだけど、会社の人の中には家族以外と話すことができなくてストレスを感じている人もいるみたい。

今読んでいる『失われた時を求めて6』でサロンの話をしていて、当時のサロンは単にお話するだけではなく、主催する人や出入りする人々の階級がはっきり分かる場所だった。話題の中心にいるのは、既に社交界では一線を引いたものの北欧の女王がやってきたりするヴィルパリジ夫人。才気に富み文章もものせるけれども、対比して描かれるルロワ夫人は栄光に輝いているけれども文章を書く時間も能力もないと批判的な感想を語り手は抱く。ルロワ夫人のサロンはお話するところで、話すときには冴え渡っても、文章になると主題がぼやけて見えにくくなってしまうのだろう。自分もそちらのタイプなのでよく分かる。

こういうサロンを作ることができない21世紀のわたしたちは、オンラインで話すことができるようになった。それでも当時のサロンほど気軽に集まることができないのは、単にプライバシーが重視されるようになったためなのだろうか。LINEなりSlackなりでテキストや音声の会話は気軽にできるけれども、顔も背景の部屋も映し出される映像ありのChatはちょっと抵抗がある。別に化粧してないとか部屋が片付いていないだけではない、隔離されているにもかかわらず一線を越えてこられるような、安全な場所にいるはずなのにぽっかりと外部の人が入れる穴が空いてしまったような不安が生まれる。バーチャルなはずなのにリアル。それが友人だけでなく仕事にも適用されるのは大きな不安につながるように思う。

プルーストの描くサロンでも、断りなしに入りこむことはできなくて、語り手の昔から知っている人物(ルグランダン)がヴィルパリジ夫人のもとへ何度も手紙を出してサロンへの参加依頼を求めるが、彼女はずっと無視していた。貴族の女性ならば強権を持てるけれども、一介の民衆にはそれを拒むことができない。
でも、わたしたちは誰でもPCなりスマートフォンなりがあればサロンを開ける時代で、そこに優劣を感じようとしなければ、たぶんない。いや、優劣ではない差異があって、わたしはそれを見たくないのだ。
入りたい人をいれてあげてほしいと思うし、迷惑にならない人ならなるべく受け入れてあげてほしい。
プルーストに戻ると、ヴィルパリジ夫人のところにやってくるルグランダンは1巻でスノッブとして紹介され、ヴィルパリジ夫人にとりなしてもらおうと饒舌になり、Twitterだとリプライどんどんつけちゃうやつだとなって少しうんざりする。おまけに語り手が話しかけるとよく分からない理由で話しかけてほしくなさそうな顔をする。こういう人は迷惑にカテゴライズされてしまっても仕方ないけど、線引きが難しい。一度は受け入れてやっぱり合わなかったねと排除されるのもまた人の自尊心が傷ついてしまう。

当時のように当たって砕けろという手段以外にもいろいろ選択肢があるわたしたちは、自尊心を一番大事なところで守って、オンラインで話すことを躊躇してしまうのかもしれない。

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