コケカツ(89)『ヴァルザーの詩と小品』

book

ゼーバルト『鄙の宿』で力の入り方がちがう文章を読んで存在を知ったローベルト・ヴァルザー。
全集も訳されていますが、まずは小手調べとみすず書房から出ている本作を手に取りました。このエメラルドグリーンのような色、「大人の本棚」というシリーズのシンプルな表紙が好きです。みすず書房としか思えないシンプルすぎるくらいシンプルな優れた装幀だと思います。

祈りは今夜、
ぼくにあとひとつ残されたお務め。
ぼくは日中を何事もなくきりぬけました、
ぼくは日中を眠りこむこともなく過ごしました、
そして今やすむことができます。

わたしが辻征夫で出会って、今もずっと求め続けている、厳しい現実に囲まれたのんびりとした安息がありました。ゼーバルトには「存在の恐ろしいまでのかりそめさ」と称され、ゴーリキー『外套』にもなぞらえられる空虚。おそらく自己啓発に励む人たちが読んでも何一つ響かないであろう虚無は、それでもじっと見つめ続けると六等星のようにわずかな輝きを発していることに気づきます。この輝きを求めてわたしは本を読むのだなあと感慨に耽るような詩文。

ヴァルザーは生涯結婚せず仕事も続かず、生涯の後半は精神病院に入って過ごしたとされています。これほど繊細な内面を抱えて生きていけるほど、当時の世の中は優しくなかった。
本書に収められたローベルト・ヴァルザーの版画は、兄カールが制作したものだそうです。どの絵も一人の青年が歩き、横たわり、所在なげに佇む姿。社会に適応できずに、ほとんどの人には理解できない文章を書き続けた弟を思いやる気持ちが感じられます。

解説ではカフカが高く評価したとあります。確かに似ているけれども、ヴァルザーは不条理に至らない。現実のほんの一瞬たいていの人が忘れ去るようなことを、金魚すくいのように空気中に文章という網で掬い上げて、またすぐに網が破れて手の届かないところに戻ってしまうようなことを書いた。名付けられないようなことばかり書いている。たくさんの名付けられた情報に囲まれている現在、わたしにとって空気のように必要な成分を蓄えています。アンビエントな文章でした。

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