コケカツ(39)ソーンダーズ『十二月の十日』読了

Bryophytes
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ソーンダーズは『短くて恐ろしいフィルの時代』を読んでいて、実験的なシチュエーションで人間がどうふるまうか、彼らは総じて浅はかな選択をとって後悔する、という傾向がある。MBAをとったり豊かな家庭に育ったりする人はモブで、CMになりそうな幸福感とは無縁。その哀しさをわたしには笑いきることができなくて、多摩川沿いのブルーシーターズを見るときのような、一歩何かのスイッチが変わるとわたしも作中の人物のようになりうるという恐怖感もある。だから、ソーンダーズが「全米ベストセラーNo.1」というのはすごく違和感があって。嫌いでもないし良い作品だとも思うんだけど、ソーンダーズがたくさん売れるって、この作品の何に期待してるんだろう?

小説にしては「魂」とかあんまり言わずに、脳内の化学物質を制御することによって人は元気にもなるし自分の利益に反することも平気でする、という内容が気になった。ソーンダーズにかかったら、『黄色い雨』とか最後の過疎集落として見世物になったり、語り手の脳内化学物質をコントロールして現実と幻想の区別がつかずに村人に接して幸せなまま亡くなったりするかもしれない。ロマンは人間やAIがあらゆることを制御していく中で消えていくだけなのだろうか。

本作はテッド・チャン『息吹』にも近いかも。現実のナイーブさがよく現れているのは『息吹』だけど、時に無批判で残酷なことが現実に行われてしまう点では『十二月の十日』はリアルだ。長くて展開にはらはらする「スパイダーヘッドからの逃走」「ホーム」もいいけど、パワハラ全開メール「訓告」、分かりやすいようで全く分からないラストの「ビクトリー・ラン」もいい。その中でもラッキーチャンスを台無しにする「センプリカ・ガール日記」(SGって最初ギターのことかと思った。センプリカって具体的な訳語があるのかな?)がすごい。いまの倫理は流行とかであっさり覆される恐ろしさがあるし、既に自分は覆された世界に生きているとも改めて感じる(奇形とされているペットを飼うとか、利便性のために地面を掘り返して動植物を殺すとか)。

ダメ人間あふれる短篇集といえば、デニス・ジョンソン『ジーザス・サン』やアーサー・ブラッドフォード『世界の涯まで犬たちと』あたりが思い浮かぶ。そこにディストピアSFテイストを加えたのが『十二月の十日』なのかも。おもしろいと一言で言えないおもしろさです。
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