コケカツ(34)失われた時を求めて3を読了

Bryophytes

コケカツ!とは野山に分け入ってコケを見ること。撮るだけで採らない。

光文社古典新訳文庫のプルースト『失われた時を求めて 3 第二篇「花咲く乙女たちのかげにI」』を読み終えた。今回は後書きでチャプスキの『収容所のプルースト』について触れられている。この3巻は初版が2013年、共和国から出た『収容所のプルースト』は2018年だから、出版当初は読みたくても海外版を読めなかったら読むことができなかった。2018年以降は日本語でプルーストを読むことのハードルが一つ下がったとも言えそう。
『収容所のプルースト』はタイトル通り、収監されたチャプスキが同僚のポーランド人たちに記憶だけでプルーストのおもしろさを語った記録で、あの長々しいプルーストの文章をほぼ正確に記憶しているだけですごい。極寒の地で体調を壊し、生きているだけでも大変なのに、「人間らしさ」を失わないようにするために物語で心を支える人々には何もかける言葉が見つからない。
収容所とフランス貴族の社交界、皮肉を感じるほど正反対の世界が人々の心を支えたのはなぜか。わたしにはとても荷の多いテーマでまだ語る資格を持たないけれども、想像力は人の生きる糧になるというのはまちがいない。

ところで、『収容所のプルースト』をしまった本棚の横には偶然にもナボコフの『ヨーロッパ文学講義』(わたしのは河出文庫じゃなくてTBSブリタニカ版)があった。あ、これにもプルーストのことが記されているではないか。前に読んだ時は自分にはプルーストが無縁に思えてここだけ読んでない。また読むものが増えてしまった!

さて、『失われた時を求めて』2巻ではスワンとオデットの恋だったが、3巻では既に二人は結婚して思春期を迎えた娘ジルベルトがいる。そのジルベルトに恋する「私」。とうとう語り手は3巻目にして自分のことを語り始めるのだ。長い。
ジルベルトもオデット同様、男を振り回すタイプで、

ジルベルトが私の耳許でささやいた。
「すごくうれしい。だってわたしの大切なお友だちのベルゴットの心をつかんだのだもの。ママに言ったそうよ、あなたのこと、この上なく頭がいいと思うって」
「どこへ行きましょうか」と私はジルベルトに尋ねた。
「どこでも。好きなところへ。ね、わたしはほら、どこだって行けるから」

耳許で囁く女子はたいてい悪企みをしている。そしてすてきな女子に「どこへでも行けるから好きなところへ」なんて言われてふわふわしちゃわない人なんていません! この後にとんちんかんなジルベルトの性格分析が入って、ますます思春期男子のぼんくらぶりが際立つ場面。ここが本当に好きで、青春アニメを見ているようなきゅんとした気持ちになる。

コメント