コケカツ(32)2019年に読んで良かった本

Bryophytes
Pocket

コケカツ!とは野山に分け入ってコケを見ること。撮るだけで採らない。

今年は体調を崩して小説、特に海外文学が読めなくなるというアクシデントがあった。こんなアクシデントがあるなんて自分でも驚いたけど、それはそれでまた新しい出会いがあるかもしれないと割りきって、普段は読まないような本を見つけることができたのも貴重な体験でした。
読んだ冊数は108(12/29現在)。おお、煩悩! マンガやアニメの原作に手を出したのも良い思い出。あと、スピンオフとか二次創作もいくつか読んだ(そしてカウントしてない)けど、ぴんとくるものがなかったので、やはり二次創作は遠くから応援する程度にしておきたい。

なお、順位はなく、おおむね読んだ順です。あと、今年出版された本はわずかです。

ヤンキー君と白杖ガール

視覚障害のある少女と街のヤンキーが出会ったら、という野心あふれる設定。障害者を描いた漫画も増えているとは思うけど、このくらいライトだと手に取りやすい。安心して笑えて、視覚障害者の日常も描く。
わたし自身が視覚障害者のボランティアとして音訳を数年やっていたことがある。それまでは障害者とは全く接点がなかったのではじめは緊張したけど、「障害者」というくくりではなく、時刻表が大好きなAさん、中年で弱視になったけどいつも旅行のことを考えてるBさん、料理が大好きなCさん、と人それぞれだ。知り合うと自分の知っていた世界が広がる、このまんがもそういう視点で描かれている。

山口晃 親鸞 全挿画集

五木寛之『親鸞』の新聞小説と同時掲載の挿絵全集。五木寛之にはあまり興味ないけど、新聞小説に挿絵をつけるって、毎週その回の小説を読んでから何かしら形にしなければならないわけで、すごく大変だ。
しかも五木寛之はいろいろ注文をつけてくる。中でもすごいのが「親鸞の顔を描いてはいけない」うっそ、そんなことしたら挿絵の意味ないじゃない。他にもさまざまな規制がある中、山口晃はやりきるのでした。チェス盤を前に「策を弄しすぎます」と意見するなど、時空を飛び越えたモチーフによってやりきった労作、これを毎日見ることができる幸福。

パリのガイドブックで東京の町を闊歩する

昭和の時代は誰かの弱みを貶めて笑いにつながっていたけど、令和に入っていよいよ笑いを指向して書くというのは難しいと思う。あれを言ったら反対派の大きな声があがり、これを言ったらどこかで小さくけなされる。落語のようなクラシックな笑いでさえ、今では笑うべきではないことも多い。自分でも驚いたのがドリフがAmazon prime videoに入ったのでうきうきと見てたら、全然笑えないんですよ。感性の鈍磨!
笑いを目指して書いている友田とん最新作の本書は、まず触感がすごい。そしてタイトルが何を言っているのか分からない。闊歩すると言いながら副題は「まだ歩きださない」。いろいろ矛盾してるぞと思って読み始めると、でもこのタイトルしかなかったなと腑に落ちる。2020年春には新刊が出るらしいよ!

海の乙女の惜しみなさ

2017年に亡くなったデニス・ジョンソンの邦訳3冊目は『ジーザス・サン』と同じように短篇集。『煙の樹』も読んだが、短篇集で活きる作家だと思う。登場人物、語り手は一緒にいるといたたまれないような人だ。作中で「漸進主義の宇宙に生きてるんじゃない、破滅主義の宇宙に生きてる」ような会話がある。その通り、何かに追われてやぶれかぶれになっているからこそ、破滅主義を発揮して光を求めてしまうような生きざましかできない人々だ。
絶対おもしろいと思って期待通りにおもしろい本は、気になったポイントにつける付箋に手を伸ばさないまま読み終えてしまう。本書もそういう本です。

ラングストン・ヒューズ詩集

読書メーターに書いたことをそのまま。
訳者のテイストが強いのは中野好夫を彷彿させるし、土着感は中野重治のよう。黒人の文化、特にブルースを主体に、その背景となる黒人の哀しみをうたう。権力の外側にいる彼らを描くのは、哀しみと共に笑いを開放し、捨て鉢な衝動に突き動かされ、生きるグルーヴに充ちた文章。

今にも ぼくを 泣きださせる
「自由(リバーティ)」というような 言葉がある。
ぼくの知ってることを きみ 知ったなら
何故だか きみは わかるだろう。

適当に開いたページでさえ、この始末。古今亭志ん生の噺のように、貧困を力に変換する不思議な作用に充ち満ちている。

淡い焔

読書会の課題とはいえ、ここまで読み込んだ本は久しぶりだった。年に1度くらいこのくらいがんばる、がんばれる本があるのは幸せなのだと思う。

失われた時を求めて〈2〉第1篇・スワン家のほうへ〈2〉

プルーストに手を出した。もうそれだけで姉ヶ崎寧々に褒められていいことだと思う。
「がんばってるね」
あえて2巻を今年のベストに選んだのは、物語の中心になるスワンが恋愛で悩み苦しむ無様さがとても分かりやすく、しかし執拗に描かれていること。「読むことが楽しい」ということを思い出させてくれて、なんならプルーストはこの2巻だけ読めばいいのでは。

十二国記

学生時代に本が読めなくなって単位を落としまくり、就活もできなくてゲームに明け暮れていた頃のこと。まだインターネットがご家庭に普及していない時代にどうして本書を知ったのか思い出せない。たぶん雑誌「CUT」あたりで誰かが書評していたんだと思う。最初の『月の影 影の海』をすごいスピードで読み切ってから、4階分の部室棟階段を駆け下りて最寄りの書店に入り次のシリーズを買う。戻って2時間程度で読み終え、また階段を駆け下りて買う、という鮮やかな記憶が残っている。

ついに新刊……! これをきっかけに『月の影 影の海』から全部再読して、当時は出ていなかった短篇集も読んだ。新刊は設定資料集並に細かい描写をどう捉えるか微妙だけど、人々が困難に当たって右往左往しながらも乗り切る様子は、長ければ長い方がフィナーレの大きな歓びにつながる。この本がなかったら読書を趣味にはしなかっただろう。

尾形亀之助詩集

「無為」を体現するのは尾形亀之助だからできるのであって、21世紀のあくせくした世界でできることではない。それでいて愛する少女が立ち上がるのを待っていたりするいじましさもある。そうかと思えば

「私オチンチン嫌いよ(ママ)」

なんてルビをつけるユーモアもある。
小説もそうだけど、詩もまた電子書籍という媒体では読む気にならない。角張った明朝体、紙のにおい、本という媒体で持ち読むことで真価が発揮される。単なるテキストという情報だけではないのだ。

本当の戦争の話をしよう

なんで今まで読まなかったんだと自分を譴責処分にする。デニス・ジョンソン(そういえば『煙の樹』もベトナム戦争ものでした)が好きな人はこっちも必読。
戦争の悲惨さと一言で言うのはたやすくて、現場で体験する死・殺害・恐怖・においなどを読み取って初めて過酷な体験をわずかばかりでも共有できることがある。閣議決定なんて気取った言葉で戦争への道を開いてしまうような人たちこそ、本書を読んで先頭立って行ってきてください。

息吹

これは自分がきちんと読み取れていないことが多すぎる。一方で、SFとはいえ物語のために設定された部分、結末のために人間が動かされている部分があるな、というのは主張したい。良かったと心から言うことができないから来年再読したい。

プルーストを読む生活

勉学のために読むわけでもないプルーストを読むとき、灯台のように足下を明るくしてくれて、読み方の相違を実感させてくれる。文フリで「光文社版は改行が多くて読みやすいけど、ちくま文庫版は大変」と教わったのも良い思い出です。
著者から直接本を買うことの楽しさを教えてもらったのも友田さんや柿内さんからでした。サイン会とか講演会があると人が押し寄せるのはそういうことだよな、本を媒介にして人に会って言葉を交わす、そこまでセットになった歓びがあるはずと確信した。今の出版社に一番足りないのはそこじゃないかな。

購入はH.A.Bookstoreからどうぞ。

コメント