コケカツ(28)

Bryophytes

コケカツ!とは野山に分け入ってコケを見ること。撮るだけで採らない。

シェイクスピア『十二夜』を読んだ。

『失われた時を求めて』3巻が家の中で行方不明になり(後に拿捕)、中継ぎとして選んだのだけど、おお、百合! 散々考察されていると思うけど、この時期に百合を描いた作品というのは珍しいのでは。そして今のようにジャンルの一つとして受容されることは難しかっただろうと思う。まじめな人は怒り、ふざけた人は蔑む要素だったのかもしれない、とアラン・チューリングのことを考えながら読んだ。

百合というか同性愛について、わたしは少女マンガを学生時代にたくさん読んでたのですんなりと受け入れることができた。何より影響が大きかったのは今年亡くなった橋本治の『恋愛論』。

何かをすっぱりと割りきって言うことにはとても抵抗があるのだけど、橋本治の『恋愛論』を読んでいる人といない人とでは、少なくともわたしの世代では同性愛に関する受け入れ方が大きく変わると思っている。人前では言わないけど。異性と手を繋いだこともないのに『恋愛論』を読んで、ほうほうふむふむと頷いている頭でっかちの子だった。これだけ頭のいい、わたしにも分かるような言葉遣いで分からないことを分かりやすく書いてくれる人が同性愛だということは、それは障害ではないし恐れるようなことでもないとみなされた。折しもフレディ・マーキュリーがAIDSで亡くなったタイミングでもある。

LGBTを学校で教えるような良い時代になっても、大人の一部にはまだ偏見を持つ者もいるだろう。そんな人たちをどう扱えばいいのか、笑えばいいと思うよなんて他人任せではなく、笑い飛ばして視界から吹き消すくらいの力を16世紀の戯曲にも感じた。シェイクスピアのような聖俗混じり合った作品は若いうちに読んでおいて、世界への免疫をつけた方がいいなと改めて思う。

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