ボストン美術館展

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平日の上野は花見客でごったがえしていた。新入社員が花見の場所取りをしており、不景気とは名ばかりで企業にはまだまだ余力があると感じる。公園中央の噴水は工事中で、西洋美術館の近くを迂回していくと、広場にルンペンのおっさんたちが膝を抱えて座っている。これからコンサートが始まるかのように、正確な列を乱す者は一人もいない。道路沿いのテントからはいい臭いが立ち上っており、時間帯を考えるとこれから配給が行われるのだろう。ほんのわずか離れた動物園の辺りでは花見客が既にほろ酔いで千鳥足になっていることと対比すると、何かが狂っているように思われた。

ボストン美術館展は行列こそ出来ていないものの、平日とは思えないほどの混雑。理由は第2ステージの絵巻物にある。浮世絵や絵巻物は手にとって見るように描かれているから、どうしてもあるスポットを見るための人数処理能力が襖絵などより少なくなる。特に絵巻物は連続しているため、必然的に壁際に人がぎっしり並ぶことになり、部屋の中央は人がいなくなるため、歩みが遅くなり渋滞する。時には渋滞の間をくぐり抜けようとする者もいる。並んでいる方としては割り込み客はインベーダーにしか思えず、非常にストレスの溜まる展示だった。係員は2列での観覧を推奨していたが、人の壁に阻まれて2列目の人が幸せに見られるとは思えない。改善されるべき。

絵巻物の「幽閉されたけど超能力で解決」というファンタジーな展開にも驚いたが、この美術展隠れた目玉は尾形光琳の松島。黄土色の海とは思えない渦の中に浮かび上がる緑色の松島。緑の他に赤、紺青がサイケデリックに絡み合う島の色合いは驚くこと請け合い。この色彩は図録でも再現できていない。生きて動いているかのような島の色を見るだけで絵画を見る喜びを感じられる。

そしてラストは曾我簫白だけで一部屋を使っており、大胆な筆遣いと、酔っぱらっていない時の本気モードを堪能できる。簫白のおもしろいところが、他の画家だったら柔らかい曲線・鈍角で処理するところを、鋭角に描くことで、背景の薄墨から違和感を際立たせる効果を使っているところだ。壁いっぱいに広げられた龍の牙、身体よりずっと大きくしっかりと枝を掴む鷲の爪。長谷川等伯だとどれほどどう猛な虎や龍も全体的に丸い印象なので、比べて見ることも今回の展覧会の楽しみ。一見、酒の勢いに任せたように見える太く奔放な線は、実はしっかりと背景と対象の比較を計算しているのではないか、と簫白の理知的な面を感じられた。

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