フランツ・カフカ『城』(白水社Uブックス)

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城―カフカ・コレクション (白水uブックス)

カフカは短篇が好き。岩波文庫から出ている『カフカ短篇集 (岩波文庫)』と『カフカ寓話集 (岩波文庫)』はほぼ喜劇として読んでいた。「万里の長城」は松本人志のコントに共通する笑いを感じたし、有名な「掟の門」は『城』と同様に物語の核に辿り着けないもどかしさを凝縮していて、読んでいて飽きることがなかった。『変身』や『審判』のような長編は決してつまらなくないが、すでにこれらの影響を受けた作品をたくさん読んでいる21世紀の身としては洗練が足りないと感じることが多かった。『城』を読むモチベーションの一つに、中国の作家残雪による『魂の城 カフカ解読』(平凡社)を読みたいという願望があり、それにはまず本編を、と。結果から書くと、カフカは長編3冊と岩波文庫の短編集2冊は必読ということです。

主人公Kは城に測量士としてやとわれたが、城下村まで来て話が通っていないために村にとどまることになり、測量士としての地位が保証されないままに村人たちとの会話を通して、いつしか下層の人間として煙たがられるようになる。Kは住むところを確保するために渋々学校の用務員となるが、依然測量士として城に行ったり城の役人であるクラムに会って測量士としての地位を確保する権利があると主張し続ける。しかし、村人たちにとってそれは大きなルール違反であり、酒場の女将や村長たちは数ページを使ってKの誤りを正そうとするが、Kは受け入れず常に反抗し続ける。そして物語は終わらないままに作者の死によって途絶する。

目的に到達しようとしない物語は、ジャンルとしてのミステリと対極にあると感じられる。もしこの小説で殺人が起きていたらアンチミステリの色が濃くなったかもしれないし、その際にはKと村人たちの数ページにわたる対話は城よりも殺人という具体的な事象に向かう言葉となり、これほどの迷宮にはならなかっただろう。城という目的それ自体に霧がかかっており、目的も分からなければKがどのような経緯で雇われたのかも分からない。

序盤、Kがまだ測量士としての地位を主張できる時は荘厳な城は目標としてそびえているが、やがて村人たちから協力を受けられずに用務員となる頃には、城はもはや理解できない存在の「巣」に見えてくる。その頃にはKは城に行くことを目標とせず、城の役人であるクラムに会うことが目標になっている。Kは村人の中で地位が低くなっていくと共に、目標や話す人々も変わっていく。

そして後半では『変身』のように村人のKへの態度は虫や動物を扱うかのようになっていく。そしていつしか読者さえもKへの違和感・嫌悪感が芽生えてくる。それはおよそ酒場の女フリーダと共に暮らすことを宣言した辺りからだ。この時Kは村人の言葉に反抗しつつも、(フリーダを利用した面は否めないが)村人の一員になろうと努力した。しかし、城の使いであり村人から蔑まれているパルナパス一家に近づくことで村人たちからさらなる反感を持たれる。Kは村人であるよりも、城により近い人物に接したいという欲望が抑えられない。城に属していない人物を下に見る傾向がKにはあるのだ。それゆえ摩擦が生まれる。Kがなぜこれほど居丈高に接することができるのか、実はK自身の内情や過去の生き方に言及した部分はほとんどないために、村人の間に交わっていつしか不満だらけの青年(Kの年齢すらよく分からない)になってしまった。城も大きな謎だけれども、実はK自身こそが「測量士」以外にどうやって生きてきたか、何が好きなのかも全く分からない謎なのだ。謎同士が謎を求めてたくさんの言葉を交わし、何一つ解決されない、そういうもどかしさこそがこの小説の醍醐味であると感じたことです。

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