あなたが何者かではなくあなたは何者でもある

life
youth
Pocket

この話はしょっちゅうしているので、実際に会った人は「またあの話か」と思うだろうけど、Webに書いたことはなかったはず。おっさんの昔話、それもたいしたことのない話。

高校時代に何の因果か演劇部に携わることになって、背が高いからという理由で主役になったことがあります。タイトルは『ジロさんの憂鬱』、作は山崎哲。わたしはジロ(作中ではコージロ)さん役で、物件から立ち退いてもらえない家族にいらいらする不動産屋さんだった。ただでさえ顧客にいらいらしているところに、妻や母までわけのわからないことを言い出していらいらが募り、最後には立ち退かない家族を殺害してしまう。実話に基づいた話です。

youth

若き日のわたし

序盤のジロさんは温厚でいい人なのだ。あちこちを飛び回って利害を調停し、家族にも気を遣うのだが、話がこじれるに従って歯が痛くなる。歯が痛くなるというのが、本当に痛いのか、いらいらのメタファーなのかを部員一同で話合ったこともあった。何せ普通に演じたら2時間かかる芝居を、高校演劇のルールに則って1時間以内に縮めなければいけないので、物語の筋に直接関係せず、なくても説明がつくところははしょらなければいけないのだった。わたしは痛いふりをしていたら本当に痛くなってきて、最後の悲劇に至る一助になったと当時も今も考えている。

あなたもそうだったのかもしれないと思う。本当はたくさんの可能性があったにも関わらず、ちょっとしたつまづきをいつまでも引きずって、その時の傷から回復できなくて、やがて望んでもいない道を歩むことになって、望んでいない人たちに出会ったことが最後まで理解できなかったのかもしれない。本当はそんなに背負い込むことなかったとか、誰かが教えてあげていればとか、挫折を感じないで他者と接することができていればこんなことにならなかったのかもしれない。

さりとて、年を食った今の自分も若い人に何かを教えてあげられているかといえばそんなことはなく、ただただ自分のことで精一杯だったりもする。「今の日本には余裕がない」とか言いつのる前に、隣の人にささやかでもいいから手を貸したり、怒っている人をそっと別の道によろめかせて怒りの旗を揚げ続けないようにしてあげることが、おっさんにできるささやかなことだったかもしれない。すまない。

[amazonjs asin=”4783722943″ locale=”JP” title=”エリアンの手記 (山崎哲戯曲集)”]

コメント