オーソン・ウェルズ『1984年』

SF

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)
ジョージ・オーウェル
早川書房
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1984年から更に27年。

ウェルズが本書を書いた1949年から『一九八四年』までは35年あった。そしてあと8年で倍の70年が経過する。ウェルズの世代にとっては近未来に起こりうる管理社会の恐怖を描いた物語だっただろうが、遠未来になってしまった現在ですら来たりうる恐怖として読める。まさにSFの古典。しかし、本書を監視社会の恐ろしさを描いたSFというのは誰もが知っているが、通読した人は少ないらしい。後書きによると一時はイギリスでもあらすじを知っていても読んでいない本の代表だったとか。一読して分かるのは、「監視される社会」に潜む思想だ。

人々が管理される社会

住民基本台帳によって全人口に番号をふることに、一時期猛反発が起こった。番号で人間を管理することにより、政府が個人情報を収集することが可能になり、ひいては監視社会につながるのではないか、というものだ。未読の時には「『一九八四年』のような監視社会につながる」という漠然とした恐怖を感じることもあったが、本書で監視される社会はもっと具体的で、プライベートにずかずかと上がり込んでくる。各家庭にビッグ・ブラザーの肖像画があって、そこからカメラが住民の一挙手一頭足を監視し、必要とあればスピーカーで住民の行動を指図する。物資は貧しく、私語すら許されない社会は、現にアジアのある国で実現されている。

灰色のロミオとジュリエット

監視される社会では不自由さが増大するばかりのように思われるが、一方、本書で描かれる恋愛は熱い。主人公は39歳ですでに別居しているが、法律で離婚していない者の恋愛が禁じられているため、命がけだ。初めは忌み嫌っていた26歳の同僚ジューリアから告白のメモを渡されることで、彼の淡々とした日常が破壊され、人目を忍ぶ恋が始まる。監視カメラのないところを選び、ついには秘密のアパートを借りる。これだけ目立つことをすれば逮捕されてもおかしくなさそうだが、彼らの恋はエスカレートしていく。ついにはユニフォーム以外のドレスを手に入れ、ジューリアは化粧をする。ここはとても印象的。白黒の映画に初めてカラーが取り入れられたような、孔雀が羽を広げるような(それは雄だけど)生命の鮮やかさが
際だつ。

地獄

彼らの小さな楽園は長くは続かない。当然政府に反抗したかどで逮捕されてしまう。この小説の本領はここから。苦役を「地獄」と簡単に言うけれども、本当に恐ろしいのは今の自分の思考が他人に組み替えられてしまうことだ。主人公のぼんやりとした反政府性を元上司がマンツーマンではじっこからがしがし壊していく。当時の社会主義国家の枢軸たちは本書を読んだのではないかと思うほど、個人を徹底的に洗脳していく様は正視に耐えない。「二重思考」という矛盾を忘れ信仰していくプロセスと苦痛を次々に経験し、主人公はやがて政府への不信を失っていく。

21世紀の二重思考

大人になって人は誰しも二重思考を受け入れている。会社の不満を酒で忘れて、毎日いやいやながらも足を運び手を動かし給料をもらう。そしていつの間にか目前の矛盾が見えなくなり、平凡な日々を受け入れる。現実と本書の間の距離がどれほどなのか、すでに二重思考を受け入れているわたしには判断がつかなくなっている。会社でも「効率性を上げるための研修」に行くことがあるが、ちまちまと自分の思想を削られているような気がするのは、わたしがおかしいのか社会がおかしいのか。昨今のビジネス書ブームを見るたびに、異なった個性をうまくあてはめずに、削り取って人を小さくするように教育するのか理解できない。これを二重思考だと思ってしまうところがわたしのダメなところなのかもしれない。

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