わたしは5年前と去年、それに登場人物表を作るために都合3回読んでいましたが、それでも誰がどこに登場してくるかをきちんと把握するのは難しい。同じ人物が別のパターンで出てくることがあり、さらさらと読み進めてしまうとその辺りを見過ごしてしまうかも、というのが最初の話題。主にドン・アンセルモとリトゥーマの話が中心でしたが、むしろ脇役にカテゴライズされてしまう神父や修道女のいかれぶりに目がいき、この辺は啓蒙活動が加熱しすぎた結果としておもしろく読まれていました。
リトゥーマたちはピウラの町の番長として名をはせているのですが、ペルーなのに「番長」という言葉の選ばれ方がおもしろい。ちなみに英語だとSchool Gang Leader、スペイン語だとちょっと長くてEscuela de l?der de la banda。しかし、このスペイン語を再びGoogle翻訳にかけると「School Band Leader」って楽団じゃねーか。
その他、いろいろなところに話が飛び、一冊の本について話をするという読書部の方針としてはまずまずだったのではないでしょうか。個人的にはもうちっと論文とか漁ってみて普通に日本人が読むだけは分からないような情報を仕入れたかった。
わたしが『緑の家』について読んだ論文やエッセイについてメモとして残しておく。
「ユリイカ 特集バルガス=リョサ 1990年4月」 ちょうどバルガス=リョサとアルベルト・フジモリの選挙に合わせて刊行されたはず。同時期に確かSwitchでもバルガス=リョサについて特集記事があったはずだが、押し入れから引っ張り出すことができなかった。安藤哲行「リトゥーマの帰還」は、『緑の家』の詳細なあらすじと、主要人物のリトゥーマがバルガス=リョサの他の作品にも登場していることについて書かれている。
「幻想文学59 特集ボルヘス&ラテンアメリカ幻想」 立林良一「<緑の家>の伝説 バルガス=リョサにおける幻想性」は、ドン・アンセルモを中心に読み解いていく。ラストのアンセルモが聞く問いかけの解釈について読書会で聞くべきだったと現在反省中。
「同志社外国文学研究(69)」 立林良一「バルガス=リョサにおける文学と政治について」 バルガス=リョサの作中では解決される事件は明確に書かれるが、ドン・アンセルモの正体など書かれないことは徹底して曖昧なまま(変な日本語)だ。また、若かりし怒りを作品にぶつけていたバルガス=リョサが、70年代以降ユーモアに目覚めて『フリアとシナリオライター』や戯曲(たぶん未訳)などに発展したことなど。
夜は某さんに教えてもらった丸富水産目黒店。ちょっとけばいおねえさんが蛤を器用に焼いてくれたり、脂の乗ったうまい鯖の刺身、それに鮪の竜田揚げを3回頼んで店にある分を全部食い尽くす(他のテーブルで頼んでた人が「品切れです」と断られていた)という暴挙に出たり。次の日本酒の店も安くてがぶがぶ飲み食いした割には2軒で6000円くらいしか減ってなくて大層リーズナブルな一夜でありました。二日酔いだけど。
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