苔観察日記 川苔山

Bryophytes
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苔湯酒活動とは、山に登って苔を見て、下山したら風呂に浸かり酒を飲む活動のことである。今回は、奥多摩駅からバスで10分、川苔山へ赴いた。当日はあいにくの雨予報で、到着時点では曇り空だったが、次第に雨が強くなり、苔はたらふく水分を含んで見分けがつかない状態だった。

ずぶ濡れのアオギヌゴケ科の1種

ずぶ濡れのアオギヌゴケ科の1種

傘をささないとずぶぬれになる程度には雨が降っている。なんとはなしに体調がよくないので、風邪でもひいてこれ以上体調が悪くなるのは避けたいと必死に傘の位置を調節しながらカメラを構えるようでは、いい写真は撮れない。雨が降っている場合は素直に諦めた方がいい。

苔も紅葉する

苔も紅葉する

奥多摩への電車は閑散としており、晴れた日は臨時が出るバスもほとんど乗客がいない。人気の山だといわれているが、登山客には出くわさず、途中で警察車両に山には登らないように諫められた。雨の時は登山禁止だということを初めて知り、そのために警察まで出動している。親切だとは思うが、ここまで注意を徹底するのかと驚いた。

ネズミノオゴケに蒴が出ていた

ネズミノオゴケに蒴が出ていた

山とはいえ、足下は舗装された路面で、土手には石垣が築かれ、防砂ダムで崖崩れを抑制している。人の手があちこちに入っているのだ。自然のある田舎がいいとは言いながら、その実、人の技術によって安全が担保された自然なのだ。苔観察を終えて都心に戻り高層建築物を見ると「ああ、また戻ってきてしまった」と自然の良さをインスタントに懐かしむが、実際には土木技術が発展しているからこそ苔を見ても安全に帰ってくることができる。

禍々しささえ感じさせる蒴の光

禍々しささえ感じさせる蒴の光。イワダレゴケ?

山で苔を見ることの何がいいかというとバリエーションの豊かさだ。自分の身体の幅だけで数種類の苔がある。それを一つひとつ撮影するだけでも相当の時間がかかる。加えて手触りや、裏側を見たり、ほんのちょっとだけ顕微鏡で見るためにプレパラートにいただいたりすると、足を止めてから10分以上動かないということもざらだ。登山の地図では45分で歩ける場所を3時間以上かけてもたどりつけない。実際、バスの時刻が近づいたので脇見もせずに歩いたら10分でバス停に戻ってしまった。

葉の先についているのが無性芽器。クローンを作る

葉の先についているのが無性芽器。クローンを作る

カエルの足先のような無性芽器

カエルの足先のような無性芽器

よく苔は「癒やし」と表現されているが、何によって癒やされるのだろう。わたしはあまり苔をかわいいと思ったことがなくて、美しさというか、存在するだけの美を感じる。同じ場所に存在するだけなのに、これほどに造形が変わることの意義というか、少し日当たりが変わるだけで苔の種類が劇的に変化する。わたしはそんな苔の生態を把握したいのかもしれない。それが何の役に立つのだと言われると全くわからないので、苔の何がいいのかは聞かれても答えられない。でも、たとえばゼーバルトやトルストイのような小説を読んだ時とかなり近い喜びだと思う。

なぜ中央部が黄色になっていないのかすごく興味深い

なぜ中央部が黄色になっていないのかすごく興味深い

ヤマスギゴケ? スギゴケは秋にも蒴が出るらしい

ヤマスギゴケ? スギゴケは秋にも蒴が出るらしい

来月はいよいよ寒くなるだろう。どこまで自分が苔とつきあえるか、最初の試練である。たぶん、雪が積もったら行かない。苔も雪の下に隠れるだろうから。

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