掃苔

life
OLYMPUS DIGITAL CAMERA
Pocket

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

掃苔(そうたい)」という言葉に気づいたのは、苔を気にしはじめてから。なんとなれば、実家の墓には苔がつかなかった。ちょっと変わった墓の形態で、かつ山中にもかかわらず湿度が高くなかったため、苔が繁殖していた記憶がない。落ち葉掃除などはしたものの、苔を掃き清めるということはなかったはず。

この言葉を知ってはじめて、墓所に苔という取り合わせは忌み嫌われるのだとわかった。道理で、都内のきちんとした寺に付随している墓地では苔を見かけないわけだ。神社や墓では、せっかくきれいに生えた苔を掃除で掻き落としている様子はこのためだった。むかしのように空気がきれいでどこにでも苔が生えるならともかく、現代のように大気汚染が進んで苔一つ生えるのも容易ではない環境で、墓はともかく、寺や神社の境内に生える苔までむげにしなくてもいいのに、と嘆息するのはひいきの引き倒しだろうか。

[amazonjs asin=”4000063146″ locale=”JP” tmpl=”Small” title=”苔三昧――モコモコ・うるうる・寺めぐり”]

上記の本を読んでもう一つぴんときたのは、地元に苔の印象がないのは、「霜柱がたつ地域は、霜によって地面と苔がはがされてしまって根付かない」せい。勉強になります。

コメント