![]() 【楽天ブックスならいつでも送料無料】白兎/苦いお茶/無門庵 [ 木山捷平 ] |
楽天koboだと¥864なんですね。
某古本ツアーで教わった木山捷平。名前の字面からなんとなくはせっこいというか、厳しさを感じていたので遠ざけていたものの、笑いの要素があるとのことで購入。太平洋戦争が終戦に近くなってから敢えて大陸に渡り、当然のごとく徴兵されて若者に交じって爆弾を抱えた特攻の訓練を受けたらしい。戦前にも書いていたけれど、戦後は戦時中の経験を私小説風にユーモアを交えて描く、という感じ。
わたしが付箋を貼らない本は3種類あって、「おもしろくない本」「付箋の準備を忘れていた本」そして「おもしろくて付箋をはる暇がない本」。これは最後のおもしろい本です。私小説って働かずに女に手を上げてうじうじとしたニートの自分語りでしょう、という思い込みを遥か彼方に吹き飛ばしてしまう傑作揃い。
「白兎」はタイトルの妙。これが上記の通り、徴兵されて特攻訓練を受ける話で、その合間に見かける「野糞をする黒い尻」「貸したカミソリで陰毛を剃り、洗って返そうとする同僚」「死んだら原稿は全部捨てて欲しいと書くだけの文面に、いちいち思い悩む自分」など、悲惨な戦時生活の中にささやかな笑いを忍ばせてくる。
出世作となったらしい「苦いお茶」は確かにぐっとくるんだが、おそらく戦争を経験している人とそうでない人では読みどころが異なるのではないか。経験した人が絶賛したのは、戦時中に他人の子供を借りて商売をすれば徴兵されたり誘拐されたりしないという恐ろしさをかいくぐった知恵を重視したせいではないか。今だと語り手のおっさんの情けなさや妙なこだわり、そしてこの短篇集で最も劇的なクライマックス「50をこえてうだつのあがらないおっさんが、女学生をおんぶして、隣の席の学生に糾弾される」は必読だ。「大衆酒場を何だと心得ているのか」という詰問は、現代でも大衆酒場礼賛者によって繰り返されることでしょう。
市ヶ谷に死刑囚の墓地があったと初めて知った「市外」では、抽象的な風景を描く謎の少女が出てくるあたりにちょっとした幻想性があって、この作家の幅広さを知る。「豆と女房」あたりから作風はボケ同士の夫婦漫才となってきて、自分のあばら屋をネタに貧しさとこだわりのボケがひたすら続く。このおもしろさはちょっと他にはない印象。集めた古釘を屑屋に引き取ってもらったら3円にしかならず、意地で3円で買えるものを探しに出るタイトルでネタバレの「軽石」。女房が干しておいた豆を盗まれたのである張り紙で取り返そうとする「豆と女房」など、ちょっと困ったおもしろいおっさんの生活を覗いているようで楽しい。「ダメ人間を共に笑う小説群」として、『世界の涯まで犬たちと』や『変愛小説集』に収録されてもおかしくないのですが、人を傷つけない軽さというのか、基礎となる優しさがしっとりと含まれているところがなかなか珍しい作風だと思います。ほかも読もう。
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