Night in Morioka

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きゅうりが一番うまい居酒屋

まさかここまでとは。盛岡は内陸なので、海のある県とはいえ海産物は期待できないと聞いていた。しかし、朝メシの海鮮ラーメンはとにかく塩辛く、昼メシの評判がいい回転寿司は都内に比べてもそれほどうまいとはいえなかった。何より、駅ビルの地下でメシを食べるというのが小うるさいわたしにはひっかかる。外が見えないところで金を払って食べるというのは、よほど雰囲気のいい店でないと、息苦しいような心持ちになる。最初に頼んだ数皿とビールだけで退却し、晩メシの地元ぽい料理を出す居酒屋にすべてを賭けたのである。黄色い看板にサラリーマンたち。日曜とはいえ、活気がそこそこある。

そもそも、日曜日の盛岡はほとんどの店が休みであることに気づかず旅に出たのがまずかったのだ。インターネットでかき集めた情報のほとんどが日曜休。かろうじて残った店は、わたしにとって最後の望み。挽回のチャンスはここしかない。

ところが、やってきた生牡蠣の色は見たことがないものだった。薄灰色がかっていて水ぽく張りがない。こんな生牡蠣を食べてだいじょうぶなのか? うまいまずいの前に脳内危険パトランプが激しいサイレンの音と共に回り出した。しかし、それ以外のメニューはチェーン居酒屋とほとんど変わらない、某ブラック居酒屋にもありそうなものばかり。なるべく地元のものをおいしいと言いたいわたしにとって、生牡蠣は試金石だった。うまいまずいはいい、当たるのだけはかんべんしてくれ。そう願をかけてレモンを絞る。なるべく見ないようにしてすすりこむ。うむ、一応は生牡蠣の味で、特に傷んでいることはなさそうだ。

ほっとしたのもつかの間、苦手なホヤがやってきた。しかし、去年仙台で食べたホヤはみずみずしくしっかりしていて、貝の一種ですと言われればわからないほど。長年敵対関係にあったホヤと多少なりとも停戦状態を結んだつもりだった。何よりホヤはあの外見がおぞましい。インスマスに棲む忌まわしき者共の巾着だと言われても疑いはしない。アレが緑色で植物のようだったり、貝のように固ければまだしも、ぶよぶよとしたゴム状を必ず身と一緒に供してくるところが許せない。もう食べないんだから捨てればいいのだ。おそるおそる口にすると、中身まで水ぽくぶよぶよしている。香りも磯というよりは魚市場の側溝のような、不要物であることがあからさまな臭いだ。しかし、これもなんとか二切れ食べて当たらなかった。あれ、いい店なのか?

結局、この店でもっともうまかったのはきゅうり。大きくて水分をたっぷり蓄えている。ずっと頼んでいたお冷が来なくても、このきゅうりを食べていれば水分補給がかなりしっかりとできるのだ。なるほど、先日新潟に行ってぽんしゅ館にきゅうりが100円だったのはそういうわけか。

そしてもう一つこの店で良かったのは地酒。ちょっと高かった鷲の尾が柔らかい口当たりでまろやか。新潟に行った時に山古志でピンときたように、鷲の尾は群を抜いてうまいと思えた。というわけで、良かったことだけ覚えておこうと、次の日に蔵の舞を購入。岩手県外に向けて販売していないそうなので、楽しみ。

総じて今回の旅で痛感したのは、盛岡市民は麺類ばかり、小麦粉ばかりだ。先にいった店でもへっついじゃなくて、ひっつみは体が温まってうまかった。だが、夜となれば肉とか魚とか野菜を食べたいのだ、わたしは。なんで炭水化物ばかりなんですか、盛岡。

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