すべりこみでクリーブランド美術館展&人間国宝展

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1月に前売り券を買っておいたにも関わらず、2月の後半までぼんやりして寝かしていたチケットを使わずにいたので、慌てて滑り込みで上野へ。クリーブランド美術館展は思い込みとちがって、「名画でたどる」という副題がぴったりの歴史を辿る経験ができたのだった。なお、展示リストはこちら

最初は「神・仏・人」。仏画が多く、平安から鎌倉が中心で国内にあれば重文・国宝クラスにあたるのだろう。仏画を超えると目玉の伊印「雷神図屏風」。力強い腕と足、特に足から生える鉤爪が鋭さを感じさせる。有名な俵屋宗達に比べると無骨だが、そこが雷神の荒っぽさを表現していてかっこいいのだ。

そして次の目玉は河鍋暁斎の「地獄太夫図」。着物に描かれた地獄の数々、真紅をはじめとした極彩の色どりは、悲しみに身をやつした太夫の情念がそのまま色彩になったようで圧倒されます。Wikipediaにも項目があり、太夫の境遇を河鍋暁斎独自の描写力で鮮やかに描き出しています。暁斎はたいてい上手なんだけど画面の中に描かれているものが多すぎて、色が戦って雑多な印象を受けることが多いのだけど、一つの対象をしっかり見せるような構図だと美しさが際立つ。

雪州の「花鳥図」は色が褪せていて残念だったが、雪村の「龍虎図屏風」でまた目が覚める。フォルムが崩れてもなお力強い龍と、キュートすぎる虎の対比。龍の周囲では薄墨で空気が渦巻いている。すべて飛沫が龍の側に向いているので、波を割って飛び出してくる龍の勢いが伝わってくる。雪村の龍の表情は、なんだか驚いたおじいさんのよう。全身を描かないことで龍の大きさが霞に隠れて神秘的に感じられる。虎の方では空気は左から右へ直線的に吹き下ろされているので、龍の曲線と対比される。猫のようにも猿のようにも見える岩場に佇む虎は、目玉をギョロリというよりはキョロリと、大きく描かれているのにちんまりとした魅力があって、好き。

後半の山水画はよくできたジオラマを見るようで楽しい。画面の下から人々が出発し、雄大な自然の中を目的地に向かって進んでいく、その道程にそって自分の目も辿らせていく。曾我蕭白の山水画もあったが、やはり本場中国南宋時代のものが、緻密ながら雄大な余白を見せてくれて、辿る楽しさが感じられた。もっと山水画の見方を勉強するとより楽しさが増すだろうと思いつつ、後回しにしている自分を反省する。

同じフロアで日本伝統工芸展60回記念「人間国宝展―生み出された美、伝えゆくわざ―」も開催されています。こちらは古い工芸品と、それに影響を受けて明治以降の作品が並んで展示されるところがおもしろい。技術的には後から作られたものの方が圧倒的に緻密でただただ技術に見惚れてしまうのだけど、見ていて安心するのは昔のものだったりする。ここで本当に驚いたのが平安の奈良で作られた三彩の美しさ。緑・ベージュ・褐色の3種類が自然のままに流れ落ちる瞬間を焼いて留めたような、1000年以上前の人がこんなに自由で前衛的なものを作っていたことに驚きました。1階でも三彩の器が展示されていましたが、その中でも薬師寺から出たという三彩多口瓶は焼き物ではなく、宇宙からやってきた生き物のようでさえある。この三彩を知ったことだけでも、この美術館展に行った甲斐がありました。

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