ナボコフ『賜物』(河出書房新社)


ナボコフの魅力を他人に伝えるのが難しい。ボルヘスなどと並んで「これさえ読めば海外文学通を気取れる」名声を持った作家だが、そう言われるには理由があり、それでも伝わりにくいのは、物語のあらすじではまとめられない細部の美しさのためだと思う。

まず、ナボコフをあまり読んだことがない人は、悪いことは言わないのでこの本は脇にどけておくといい。『ロリータ』も同様に積んでおこう。まずは作品社から出た巨大な短篇集を買って、ナボコフの小説ではあらすじでスカッとすることがあまりないことを学ぶべき。電車に乗っていたら電線が波のように見えるとか、決闘だ!と手袋を投げつけた次の日はびくびくして崖から落っこちたりと、基本的に主人公はみな生活能力の足りないぼんくらです。その上たいてい貴族の血を鼻にかけた高飛車であって、21世紀ジャパンだったら引きこもり一直線のタイプばかりだ。

しかし貴族とはいえ、ナボコフの主人公たちはみないやいやながら働かざるを得ない状況に追い込まれる。ある者はチェスのチャンピオンとなってヨーロッパ中をかけまわるし、本作『賜物』では冒険家で自然を愛する父親が遭難し、母親の懇願から仕方なしに本を書くことを決意する。ものすごく単純にいうと『賜物』はいけ好かない貴族の子弟が詩集を1冊、詩人の伝記(これがまた大層大上段に構えて振り回す代物で、亡命ロシア人の文壇から大いにけなされる)を1冊出して、恋人を作るまでの話だ。そして森の中で裸で寝転んで服と金を盗まれるくらいにぼんくらである。しかし、そこに至るまでに著者によって散りばめられた言葉の宝石、色彩の魔術というべき文章上の光は虹色に輝いて読者を誘う。一応は長編小説なので最初から最後まで順番に読んでいくのが筋だが、まず出版当時になかったという第4章の作中作は読まなくても差し支えない、というか現代日本のロシア語に通じていない読者がこれを読んでどれだけ得られるものがあるのだろうか。さらに第1章はもちろん背景の細かさ、人物の紹介という点でも読まねばならないが、この本をいきなりP.123の第2章から読み始めることも可能だ。最初の一連を書きだしてみる。

雨はまだ軽やかに舞うように降っていたが、捉えがたい天使の不意打ちのように、虹がすでに現れていた。薔薇色がかった緑色に輝き、内側の縁が藤色に霞んだ虹は、けだるく自分自身に驚きながら、刈り入れの終わった畑の向こうで、遠い森の上空から手前に懸っていて、森の一部が虹を透かして見え、微かに震えていた。まばらな矢のように降り注ぐ雨はすでにリズムも、重さも、騒々しい音を立てる能力も失い、日の光を浴びてあちこちで気まぐれにきらめいている。雨に洗われた空では、漆黒の馬のような色合いの雲の後ろから、異様に複雑な塑像の細部をすべて輝かせながら、うっとりするくらい白い雲が姿を現した。

大胆に直喩をちりばめて、それでいて自然の美しさが時間の経過とともに変化していく様子を読者にイメージさせる、すてきな文章です。『ロリータ』など後期の隠喩と意地悪さをひっそり埋め込んでいるナボコフではなく、斜に構えつつも自然の美しさや人生のどうしようもない喜びに絡め取られている主人公フョードル・チェルディンツェフを活写する、健康的なナボコフと言えるのではないでしょうか。第2章では冒険家である父親を空想し始めるのだが、やがて本当に主人公が父親と同化したかのように、蝶が飛び交うアジアの高地を幻視し始める。解説によるとそのあたりは既刊の山岳レポートなどを読んで組み立てたようだが、乾燥した土と石を踏むブーツの音やロシアにはいないはずの鳥の囀り、遠くに見えるチベット山脈と青い空が現前として浮かび上がり、登山などしたことのないナボコフがこれほどに美しい山の情景を描くことができる恐ろしさと羨ましさをまとわせながら、フョードルの父親の歩みを追っていくのは喜び以外の何物でもありません。

ぼくには見える――父は鞍から身を乗り出し、滑り落ちていく石の轟きの真っただ中で、狙いを定めて長い柄の付いた網をさっと一振りし、素早く手首を返して(そうやって、モスリンの袋の先端でかさかさ脈打っているものが捕虫網の箍の向こう側に回るようにし、逃げられないようにするのだ)、危険な岩屑の上をあちこちひらひら飛び回る、アポロチョウの中でも王家の血筋を引くものを網の中に巻き込む。

上記のあたりまで来ると、主人公の空想は実際に父親が歩んだ道を並んで歩いているかのようで、それは理想化された父親像であり自然であるけれども、まちがいなく美しい。解説ではいろいろな読み方ができるとして複数の例が挙げられていますが、まずはナボコフの文章の美しさを、自分が想像できるかぎりゆっくりとしっかりと浮かび上がらせることこそが本書を読む最大の資格であると思います。ナボコフにはいろいろ難しい仕掛けや背景の知識が必要と思われがちですが、文章そのものの鮮度をじっくり味わえばそれでいいと確信できる一冊でした。

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