歯止め


いま読んでいる『スターリン―赤い皇帝と廷臣たち〈上〉』では、スターリンと彼の取り巻きたちがまるで部活のように政治に関わって殺し殺されする様子が語られる。彼が農民を敵視して数百万人を餓死に追い込んだ理由はただ一つ、ソビエト連邦の強化。外債を支払うための農作物を最後の一粒まで国が押収した。少しでも貯め込んだ者は富農として処刑・流刑となる。

第二次世界大戦が終わってスターリンが死ぬと、フルシチョフが批判した。とはいえ、その後もソ連は社会主義国家として国内のみならず衛星国に侵攻したりするので、端から見るとそれほど違いは分からない。

不思議なのは、国力のために大量に人を殺すことが許されるという判断をしたスターリンたちの倫理観だ。21世紀に生きていても他者の倫理観に疑問を持つことは多々あるが、彼らはなぜそうまでして国を治めたがったのか、国を治めることができたのか。対抗勢力トロツキーは早期に暗殺されてしまったが、他にブレーキをかける人や要因はなかったのか、と不思議に思う。

翻っていまでも会社や地域では、倫理観にそぐわないこと、一般的に認められないような関係がひっそりと息づいている。尼崎の連続殺人のような関係もあれば、死に至るほどではないが鬱病になったりする関係もあるわけで、別にソ連に限った話ではない。対人の場合は心理学者がその役を担っているのかもしれないが、会社や家庭となると、明確なストッパーがいないまま隠蔽・暴走してしまったりするのだろうか。

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