ピーター・アクロイド『切り裂き魔ゴーレム』(白水社)

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切り裂き魔ゴーレム
切り裂き魔ゴーレム

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ピーター アクロイド
白水社
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アクロイドは『原初の光』『チャタトン偽書』に続く3冊目。どれも緻密な筆致がスティーブン・ミルハウザーに似ていると思っていたが、アクロイドはより人間臭く、イヤミな成分が多く含まれている印象。しかし、『切り裂き魔ゴーレム』は歴史上の人物を多く盛り込んで整合性を図ったせいか、皮肉よりも技巧的なうまさに感心することが多かった。

本作では、複数の物語が並行して語られていき、最後に邂逅する。1つ目は31歳の若さで絞首刑になるエリザベス・クリーの審判のト書き。夫を砒素で殺したという罪に問われている。そのエリザベスは幼い頃に天涯孤独となり、ちょうど出会ったばかりの芝居小屋に拾われる。ぱっとしない人物ばかりの劇団だが、16歳の若さで現実にイギリス中の人気を博していた一人芝居の名手ダン・リーノを中心に、あちこちの舞台を巡っていた。16歳にしては背の低いダンだったが、冷静な判断力と変わり身の早さで評判になっていた。やがてエリザベスはプロンプターから天性の役者魂を発揮して、子役スターの道を歩み始める。順風満帆と思われたエリザベスが絞首刑になった理由は、新聞記者でありのちの夫となるジョン・クリーの存在があった。

一方、切り裂きジャックより前に猟奇的な殺人事件を起こし続けていた「切り裂き魔ゴーレム」。行きずりの娼婦を巧みに誘い出して殺害し、四肢を分断し、局部に切り取った舌をねじ込むなど、単なる殺人犯ではない。その日記は読者にオープンにされることで、事件を俯瞰的に見られる重要な手がかりとなる。ゴーレムの正体は意外にも話半ばで明かされてしまう。

自ら不幸な道を歩み続ける男、ジョージ・ギッシング。天才的な頭脳で将来を嘱望されていたが、娼婦に入れあげて窃盗まで犯すようになり、大学を追われて文学活動に没頭するも、妻のふしだらな生活は止むことがなく、ついにはゴーレムによる殺人事件の容疑者にまで落ち込んでしまう。神経質な割には実行が伴っている彼もまた実在の人物。他にも亡命中のカール・マルクスや、トマス・ド・クインシーの評論のようにエリザベスやジョン・クリー以外はほぼ史実。だからイギリスの歴史に通じているとより楽しさが広がると思われます。

史実にこだわる一方で、エンタテインメントとしても一流。ラスト30ページの静かながら怒涛の展開は必読。貧困層の唯一の楽しみである芝居と殺人事件が見事に絡み合い、上質のミステリーが解決した時の爽快感を味わえる。Uブックスあたりで出ると人気が出そう。

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