ハンナ・アーレント『人間の条件』をゆっくり読む(1)

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哲学も政治もまったく疎いのですが、さすがに人生も半ばを越えると少しは考えることもあります。その際に自分の経験だけで考え「判断」してしまうのは、偏見なのではないかと思うことが多くなりました。多くの人たちが考えしたためてきたことがあまりにも膨大で、一個人がすべての書物に目を通すことは難しい。1919年と2019年では読むべき書物の数がちがいすぎます。その中で本当に読むべき本をゆっくり読み解いていく、そんな年になったのではないかと感じて選んだのがハンナ・アーレントです。

ユダヤ人としてナチスから迫害された後、『イエルサレムのアイヒマン』によって同胞ユダヤ人からも敵対視されたハンナ・アーレントが見つめたものは何か、それは半世紀たった現在でも通用することなのか、少しずつ読んでいきたい。

『人間の条件』が発行されたのは1958年で、1957年10月4日にソ連がスプートニク1号を打ち上げた翌年にあたり、プロローグにあるようにロケットをはじめとした科学技術開発について述べられる。その中で、

「地球に縛りつけられている人間がようやく地球から脱出する第一歩」というこの発言が陳腐だからといって、本当はそれがどんなに異常なものかを見逃してはならない。

体外受精・クローン・長寿命を「人間の条件から脱出したい」とし、科学的技術が人間の生活に入り込むことを恐れているように見え、技術の進歩を社会にどのように適用するかは科学者・政治家それぞれに任せるのではないとしている。明言されてはいないが、ここで哲学が世界の進む先を判断すべきなのだろうか?

それにしても、ここでアーレントが「技術的知識の救いがたい奴隷になる」と予言してることはだいたい成就している。「考えたりはなしたりすることを代行」というのはPCやスマートフォンだし、それに左右されるというのはTwitterで140文字でしか思考表現できなくなったり、「いいね」をもらいたいばかりに愚かしい行動に走ってしまう人々のようだ。

アーレントは技術が人の思考を規定してしまうことを危惧している。それは機械化による労働からの解放で、共産主義・平等主義とあいまって、「労働のない労働者の社会」を最終的には目指すことになるとしているが、いままさに日本はそうなっているように見える。ベーシックインカムを取り入れて社会福祉を充実させる世界をアーレントは「これ以上悪い状態」と考えていたのだろうか?

そうではなく、「思考欠如」が現代の特徴であり、労働<仕事<活動のちがについて考えることで、新しい時代について考え続けるための足がかりとなる思考方法を忘れないための本のように思える。『人間の条件』は即時に解答を出さないが、世界の疑問をなあなあですませないような考え方を見つけるための本のように思える。

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