ナボコフ『青白い炎』(岩波文庫)時系列

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ナボコフと言えば「難解」「韜晦」「天才」など数多くの賛辞が与えられてきて、20世紀を代表する作家と言われています。でも、これらの賛辞は印象だけでしかなく、分け入ってみれば豊かな世界が晴れ晴れと(時にはロリータのようにひどい台風とともに)広がっています。『ナボコフ全短篇』では短い物語の中にたくさんの視点を感じることができ、地球滅亡や連続殺人のような派手な事件はないのに、息を詰めて読みふけっている自分を発見することがしばしばありました。

ナボコフの中でも『青白い炎』や『アーダ』のように英語で書かれた後期の作品になるほど難解と言われることが多い。わたしも何度か『青白い炎』は挫折してきました。しかしその時には前書きに書かれている語り手の、ナボコフの優しいアドバイスを見逃してきたためです。

それらの註釈は、慣例に従って、詩の後に置かれているが、読者は最初に註釈を参照してからそれを手引きにして詩を熟読していただきたい。

はっきりと註釈を先に読めと書かれています。前に読んだ時は詩から挑戦したから失敗したのだなあ、と註釈に目を向けると、どんどん不穏な気持ちになります。シェイド教授の詩に(語り手)チャールズが註釈をつけるという体裁なのですが、時折シェイド教授と関係のないゼンブラという仮想の国について語り始める(ちなみにロシアにはノヴァ・ゼンブラという島があるそうです)。シェイドはゼンブラの詩を書いているようには見えないのですが、強引な註釈がどんどん詩を離れていき、やがてチャールズの背景が浮かび上がってきます。

この小説(詩と註釈という体裁ですがあえて「小説」とします)では、詩が書かれた年月日が明確にされています。「こんなにはっきり日時を特定できるの?」と不思議になることもありますが、こういう作品の場合、特にナボコフであれば日時に誤りがあるとは考えず、日時を元に小説を読み解いていくのが正しい姿勢に思えます。

以下はネタバレを含みますので、未読の方はご注意ください。末尾の数字は岩波文庫版のページ数です。
なお、より詳細(かつ正確)な時系列はJerry FriedmanさんのTimelineを参照してください。

青白い炎時系列

1888年 トゥルグス3世の愛人アイリス・アクト死去(264)
1898/7/5 ジョン・シェイド生誕(302)※1897年? 
1900年 チャールズの祖父トゥルグス3世死去(263)
1902年 シェイドの父サミュエル・シェイド死去(230)
1906年 ズール・ブレットウィットとフェルズ・ブレットウィットの間に交わされた213通の手紙がフェルズの妻によって出版(345〜348)
1908年 ヴィラ・パラディソ建設(391)
1912年 アルフィン放心王が水上飛行機を操縦して墜落
1915年 グレイダス誕生(465)
1918年 アルフィン放心王(チャールズの父)死去(232)※チャールズ2歳
1919年 ジョン・シェイドとシヴィル・スワローが結婚(341)
1921/5/17 フランクリン・レインが死の前日に執筆(477)
1928年 ディサ誕生(394)
1928年5月 チャールズが押し入れの秘密を知る(270)
1930年 コンマルがミルトンなどの英詩をゼンブラ語に翻訳する(515)
1931年 チャールズの幼馴染みオレグ死去(274)
1933年 ジョンとシヴィルがニースで半年過ごす(390)
1934年 ヘイゼル・シェイド生誕(358)
1936/7/21 チャールズの母死去(237)
1937/5/10 モード・シェイドの最初のスクラップ《タロン社製ズボンのファスナー》(253)
1949/3/28 モード・シェイド最後のスクラップ《ヘインズ社製無花果の葉ブリーフ》(253)
1949/7/5 チャールズとペイン女公爵ディサが初めて出会う(343)
1949年 チャールズとディサが結婚(250)
1950年 サミュエル・シェイド(シェイド父)の妹モード・シェイド死去(251)
1950年 ヘイゼル・シェイド(シェイド娘)がサイコキネティック発動(329)
1951年 ガラス工場の爆発(299)
1956年10月 納屋で心霊現象が発生(360)
1956年 チャールズがディサを訪れる(393)
1956年 ドイツ人客員講師がチャールズをスポーツ祭で目撃する(483)
1956年 チャールズが執筆した姓についての本が英訳される(487)
1957年8月? チャールズが手鏡で信号を送っていたことで問責される。その後幽閉されていた場所から逃亡(263,284)
1957年 ヘイゼル・シェイド死去(358)
1957年 ポール・H・ジュニアが英文科学科長に就任(375)
1958年9月 チャールズがディサを訪れる(394)
1958/10/17 シェイドが心臓発作を起こす(455)
1958年10月 チャールズがパラシュートでアメリカに降り立つ(455)
1958年12月 チャールズがフロリダへ移動(459)

1959年

? シェイドがニューヨーカー誌に短詩「電気の性質」を送付(372)
? 台風ロリータ発生(450)
2/16 チャールズがシェイドに初めて紹介される(23)
3月? チャールズがシェイド家を訪れると、シェイドはシャワーを浴びている(481)
3/14 チャールズがシェイド家でディナー:1回目(427)
3/30 チャールズの住まいからボブが出て行く(474)
4/2 チャールズが南フランスへ手紙を出す(470)
4/6 チャールズが南フランスから手紙を受け取る(218)
5/1 ゼンブラ革命勃発(391)
5/23 チャールズがシェイド家でディナー:2回目(427)
6月 チャールズがシェイドにゼンブラのことを語る(240)
6月 チャールズがシェイド家でディナー:3回目(427)
6月中旬 チャールズはシェイドがゼンブラについて書いていると確信
6/23 チャールズとシェイドがチェスをする(419)
7/2 グレイダスがチャールズの暗殺者に任命される(307)※シェイドの書き始め日時が異なる 
7/3 シェイドが詩「青白い炎」に取りかかる
7/4 「青白い炎」詩章1の異校日付
7/4 チャールズが終夜パーティに出て5日朝帰り(318)
7/5 グレイダスがゼンブラを出発してコペンハーゲンへ
7/5 シェイドが詩「青白い炎」詩章第2編を書き始める(316)
7/5 チャールズがシェイドに誕生日のガウンを渡そうとしてシヴィルと口論(320〜326)
7/6 チャールズとシェイドが散歩(7月2回目)(335、474)
7/7 グレイダスがパリに到着
7/10 グレイダスがジュネーブからレックスへ移動、ラヴェンダーの別荘で王の行方を調べる(379)
7/11 シェイドが詩「青白い炎」詩章第2編を完成させる(213)
7/11 グレイダスがスイスでサウナに入る(496)
7/14 シェイドが596行目付近を執筆(432)
7/15 シェイドが妻に詩を読み聞かせているところにチャールズがやってくる(214)
7/15 グレイダスがコート=ダジュール空港へ到着(461)
7/16 シェイドが698〜746行目を執筆(466)
7/16 グレイダスのところに影の軍団団員が訪れる(468)
7/18〜19 シェイドが797〜809行目を執筆(472)
7/19 チャールズがシェイドとの電話で泣き崩れる(474)
7/19 シェイドが835〜838行目を書き始める(479)
7/20 シェイドが873〜948行目を書く(481)
7/20 グレイダスがオルリー空港を出発(481)、ニューヨーク着(495)
7/21 シェイドが949行目〜を書く(495)
7/21 チャールズとシェイドが散歩(7月3回目)(474、517)
7月下旬? ポール・H・ジュニアがジョン・シェイドの遺稿が行方不明である声明を発表(376)
7月最後の週 『カナダ新評論』が書店に届く(445)
7月下旬〜8月 ハーリイ教授がシェイドについて評論を発表(230)
8月 チャールズとジェイン・プロヴォストが出会う(378)

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