苔観察4年目

Bryophytes
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10年以上前に自分には何も資格がないことに気づき、「このままだと仕事がなくなるのでは!?」と焦って、しかし自分の仕事には何も関係のない簿記を勉強したことがある。結局日商簿記2級をとったものの、仕事で活かすことができたのはそれから10年ごし、今の仕事についてからだった。万事塞翁が馬といえば聞こえはいいけど、人付き合いや趣味を全部やめて計算機をたたき続けたのはよかったのかわるかったのか、今でも答えはない。簿記をとるときに「1年続けてダメだったら諦めよう」と自分で制限をつけた。1年くらいあれば取れるという噂を聞いていたのもあるけど、達成できないことをいつまでもやっていても無駄だとも思う。

そんな考え方なのに、コケはついに丸3年見続けることになり、この3月で4年目に突入。そして未だにコケの何が良いか他人に説明できない。クサリゴケのきれいなパターンとか、ヤスデゴケの複雑だけど見事な腹側とか、それぞれの良さは言えるのだけど、それは他の植物や動物、いろんな趣味でもあること。全体を通して何が良いと説明できない。

ジャゴケの蒴は春の訪れ

ジャゴケの蒴は春の訪れ

植物を愛する人の多くは自分で育てる。でもわたしは植物の世話が苦手で、1年保つことができない。手入れなんてほとんどいらなそうなローズマリーですら去年の夏に枯らしてしまった。ローズマリーの根元にはどこからかたどりついてくれた小さな蘚類が居着いてくれたのに、まるごとダメに。猫だと腹が減ったら鳴いて教えてくれるけど、植物は毎日きちんと見ていないと水や栄養の不足が分からないので、難しい。コケを見ることは続けられても、家で育てるのは諦めています。

コウヤノマンネングサは育ててみたい

コウヤノマンネングサは育ててみたい

育てられないコケをずっと見続けているのは我ながら不思議なのですが、理由の一つに「思わぬ発見をしたい」というのがあります。古本屋に通っていた時にも、おもしろい本に出会うよりも思わぬ本に出会う方が強い動機になっていました。それには本をたくさん読んだり、周辺情報を調べて、本の知識を増やさないといけません。コケも同じで、あるコケが珍しいかどうかは知らないと分からない。そして書籍と決定的にちがうのは、場所によって生息しているコケが全然ちがうこと。大手出版社の文庫本なら北海道から沖縄まで取次によって同じ本が配送されていますが、コケは北と南、高さや湿度で全然異なります。わたしの秘密スポットにいるコウヤノマンネングサは、ある石段を上がったら日当たりに関係なく、地面だけでなく木や岩の表面にまで生えていますが、ある一定の地域を越えるとふいにいなくなってしまう。この境界を何度も通っていますが、温度も湿度も変わった様子はない。わたしの目には見えない何かがコウヤノマンネングサを留めている。すごく不思議です。

切り株を征服するコウヤノマンネングサ

切り株を征服するコウヤノマンネングサ

発見したいというか、自分で不思議を見つけて、その不思議を解き明かしたいからコケを見ているのかもしれません。自家撞着と言われればその通りですが、おもしろさはおおむね自分が見つけて自分で楽しむものかもしれません。
ポルトガルの詩人フェルナンド・ペソアは、

私が自然のことを語るのは 私がそれを知っているからではなく
自然を愛するからだ それで自然が好きなのだ
愛する者が愛しているもののことを知っているためしはない
なぜ愛するのかも 愛がなになのかも

と言っています。つまりはそういうことかもしれません。

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