ウィリアム・ギャディス『JR』は半分を過ぎた

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Amazonで「JR」と検索すれば最初に出てきて、国書刊行会から重版の噂も聞こえてきたけど、わたしはまだ500ページまで読んでいない。平日は数ページしか読めていないものの、休みになると数時間費やしているのに、1ヵ月たってまだ半分程度しか進んでいない。

進まない理由は全編会話文であること。以前、プイグ『蜘蛛女のキス』を読んだ時も全編会話文で驚いたが、あちらは牢獄の壁一枚隔てた隣同士なので、誰がしゃべっているのか分からなくなることはまずない。一人はがっしりとした体格の青年で、もう一人は女装するゲイなので、会話体もしっかり分けられている。

ところが『JR』の登場人物は100人くらい! 誰が誰だかさっぱり分からなくなるので、必然的にメモをとらざるを得ない。しかも舞台も10ページ程度でひょいひょい変わっていくので、ついていくのがやっと。これを笑いながら読めるという殊能先生は偉大であった……。メモをとるのが思ったより時間がかかり、さらに登場人物を確認するために前半を見返し、註が出てきては後ろをめくり、と、10ページ進むだけでも容易でない。

ただ、決してつまらない小説ではない。誰が喋っているか一見分からないように見えても、作者はきちんとヒントを用意しているから落ち着いて考えれば誰が誰だかきちんと分かる仕組みになっている。
さらに、経済や金融といった文学であまり扱わないことを少年を介して描き出すところもおもしろい。ライトノベルでも『狼と香辛料』という貨幣経済について描かれた作品がありますが、その先取りかもしれません(20巻もあるんですね)。
※誰がしゃべっているか分かってお互いが人の話を聞かずにやいやい突っ込み続けるのはだいぶイライラしますが……。

会話文だけだから分かるディスコミュニケーションの気まずさや無理解、わたしたちは自分の意思ばかりを優先して作中の人物たちのように他人を遮って喋り倒し、主人公のJR同様「やば……」と思われているのかもしれないと自省を促します。作中の当時は電話に割り込む機能があって(LINEもDocomo回線なら割り込み通話できるみたい)、入れ替わり立ち替わり別の人物と言いたいことだけ言ってるシーンは頭をかきむしりたくなります。おまえたちはいい加減に黙って、自分が誰なのか名乗ってから発言しろ。

この本が世界文学の最高峰とか死ぬまでに読むべきという大袈裟な冠をつけられる作品だとは思いませんが、それでも43年前に出版された古さはほとんど感じませんし、生きている限り常につきまとう経済に向き合うためにも一読する価値はあると信じます。何より、これだけ分かりにくい物語をきちんと訳した上に、どこが場面の切れ目かを示唆してくれる訳者の苦労はいかばかりか。重版はしたものの、決して部数は多くないはず。最近の海外文学は早めに入手しないとすぐに品切れになりがちなので、お早めのお求めが吉。

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