著者を育てるのではなく、読者を育てる


ずっと書籍に関する仕事がしたいと思って働いてきたけど、新卒カードを切り損ねて出版社に入れず、執筆者になる熱意もなく、ただ漫然と協力会社みたいなところで働いてきた。一方で本が好きという気持ちは変わらず、年に80冊くらいは読んできた。読書量の多い人に比べたら全く参考にならない数字ですが、好きという気持ちが変わらずに続いてきたのは悪いことではない。

書くことについては諦めているというか苦手意識が強く、小説は自分には書けないものだと思っている。自意識が邪魔してどうしても空想の世界を育てることができなくて、途中で放り出してしまいます。何よりも、年に5万冊も出版される日本で、これ以上本が増えてどうするという気持ちが強い。苔に関する本は少ないと思っているのでもっと増えてほしいけど、小説に限ってはこんなにあっても読めないだろう。我が家にある1000冊くらいの本でさえ、年に80冊しか読めないわたしにとって数年がかりのミッションなのです。

読書会をやっていると「読書会があるから読む」という動機にしてくれる人がいて、それはとても嬉しいことです。裏返すと、もっといろいろなところで読書会をはじめとした「読む動機」が作られたらいいなと思っています。出版が右肩下がりの割には年に5万冊も作られている、それは取次を介した支払いのシステムがあり、出版社は本を作ればお金に換えることができるから、読み切れないほどの本を作り出している。当然、作家・執筆者の数も増やさないと本を作ることができないので、作家・執筆者のためのセミナーやイベントは頻繁に行われています。

だけど、読者のためのイベントって少ないと思うんですよね。読むことでどんなメリットがあるのか、明示できる出版社はあまり多くない。「所有する喜び」とか、価値を見いだせない人にはただの飾り・重しでしかない。帯には「○○絶賛!」とあっても、その人を知らない人にはただのノイズでしかない。

学生のうちは読書家でも、大人になっていろいろな世界を知るにつれて読書の世界が遠のいてしまう。ゲームやお酒やゴルフに比較して負けているのだとしたら、黙って死を待つのではなく、読書のおもしろさを知ってもらい、他のことよりも楽しいと思ってもらえる機会を増やすことが出版界には必要なんじゃないでしょうか。別に読書会じゃなくてもよくて、作家に会えるとか作家と○○するとか、読むこととうれしいことが直接結びつくようなイベントが増えた方がいいのではないでしょうか。こういうイベントも出版社主導というのは少ない印象で、作家が独自にやっているケースをよく見ます。

本を作ることも大切ですが、本を活かす動きってどんなことがあるんだろうということを最近よく考えます。

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