苔をたずねて三千里

苔の写真を撮り、海外文学を読んでいます。

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読書会の理由

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この前「読書会を15年続けている」って書いた。

15年というと2003年のことで、改めて数字を出してみると「そんな時からやってたかな?」と怪しくなってきた。

元々はDASACONというSFやミステリの人たちの集まりがあった。わたしは第4回くらいから運営側で参加するようになったのだけど、これは当時、今では考えられないくらいSFやミステリの名作が絶版・品切れになっていて、そういう本のおもしろさを語ったり交換したりすることが目的だった。ここからミステリ系の人たちがMYSCONに別れていくけれども、わたしはそちらは無関係。DASACON総統U-kiさんのサイトを見ると5.5回まで開催したようだが、7回くらいやらなかったっけ?→やってました。最後のDASACON7は2003年の夏。そこでDASACONは終わるけど、本を読む集まりみたいなのはやりたいねということで、DASACONに来ていた人たちを中心に2003年の冬に始まったのがきっかけ。一応15年て言ってもいいかな。

そういうわけで最初はSF色が濃くて、ケリー・リンク『スペシャリストの帽子』やジーン・ウルフ『ケルベロス第五の首』のような文学寄りSFが俎上に上がることが多かった。なお、これまでの課題図書はこちらで。自分で言うのもなんだけど、好き嫌いは別として、読んでよかった本しかない。いい本を選んできたなと思う。

なんで15年も続けているかというと、いい本をみんなに読んでもらいたいことと、いい本が売れてほしいことと、読んだ本について声に出して言う場所が必要という3つの理由が大きいように思う(「いい本」の定義はいろいろあると思いますが、ここではあいまいに「いい本」としておきます)。
いい本をみんなに読んでもらいたいというのはそのままで、でも、いい本はなかなか敷居が高い。ピンチョンとか発売当時に勢いで読めればいいけど、ふつうは勢いで買うものの、その後は本棚で大きな顔をしながら「読む? ねえ読む?」とこっちを見ているだけだ。黒い背表紙がうっとうしさから背景に変わった頃、なんでピンチョン買ったんだろうと自問自責する。そういう時期に読書会で背表紙から受ける無言のストレスを解消することができたらいい。そう、「1人では読むのがつらいけど、他に読んでいる人がいて読書会がある」となると人はたいてい読み通せるものです。

課題図書はなるべく新刊の海外文学を選ぶようにしています。海外文学はいい本が多いけど読むのにハードルがある。たまにネイティブ日本語の人が書いた小説を読むと、おもしろさとは関係なくつるつると頭に物語が入ってくることに驚く。固有名詞がちがったりカタカナの絶対数のちがいはあるけれども、それ以上の何か論理的な部分で困難さがあるように思う。困難だけど読むとおもしろくて、世界の広さや優しさやつらさを知ることができる。最近だとテジュ・コール『オープン・シティ』やハサン・ブラーシム『死体展覧会』などは読書会がなければ個人的にも手に取ることはなかった。未知のおもしろさに出会えることも読書会が続いている理由かもしれません。

最後に、「読んだ本について声に出して言う場所」について、これが実は一番大事なこと。
ふつうは本を読んだらおもしろかったなりつまらなかったり感想があって、それをWebに書いておしまい、次の本を読もうとなる。読書会に参加すると、最低1度は読み通して、最低1度は自分の感想を声に出して言うことになる。自分が考えていたことを周囲の人に話すことで、書くときとはちがうことを思いついたり、話すときの態度が他の人にダイレクトに伝わるので、WEBでは伝えられない「意図」が出てくる。わたしはかなり忘れぽいのですが、10年くらい前に『フラナリー・オコナー全短篇(上)』に収録されているいやーな話「善人はなかなかいない」でクラタさんが「品行の良い家族がひどい目に遭うのは、キリスト教(カソリック)に反する行いをした報いである」と言ったことは今でも忘れられない。
ひとりの読者としてわたしには決して思いつかなかった視点をするりと見せてくれて、物語に感じていた理不尽なもやもやが吹き飛ばされたことに驚いた。このときに「読書会はよほどのことがない限り続けていこう」と思ったんですね。読んだ本について話し合うことで、物語への新たな視点を得られることはもちろん、優れた読者の声をずっと聞いていきたい。書評や感想という文章はいつでも読めるけど、小説とつながったという実感や、ちがう読者の視点に驚く機会はなかなかない。そう考えると、いろんなところで読書会があって、本を読むことの楽しさが拡散するといい。

次回は悪い意味で話題になってしまった新潮社から出ているミランダ・ジュライ『最初の悪い男』が課題図書です。本に罪はありません。

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