苔をたずねて三千里

苔の写真を撮り、海外文学を読んでいます。

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ハンナ・アレント『責任と判断』その1

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演劇部だったときに顧問から「この芝居で取り上げられている殺人者というのはフィクションではない。自分の状況によって人は考えてもみなかったような人間になってしまう」と指摘されたことがありました。当時、ラブクラフトと寺山修司にはまって陰鬱な学生生活を過ごしていて、そこに急遽演劇という新しい文化に接したばかりの頃です。主人公は周囲の人物から受けるストレスで徐々に精神に異常をきたして殺人に及んでしまうというもので、役柄としては「徐々に」というのが難しかった。1時間程度でいかに「徐々に」を見せるかは、いま考えてみてもうまくいったとは思えません。ただ、顧問からの指摘「人は状況によって変わってしまう」はずっと残っていて、大人になって当時の顧問と同じくらいの年齢になった今でもよく思い出します。

戦争犯罪というのも、おそらくは戦争がなければあり得なかった犯罪であり処罰です。戦争という状況が、人々に犯罪と呼ばれるだけの人権侵害を行わせることになり、これから話していきたい『責任と判断』でもいやいやながら戦争犯罪を犯した人もいれば、他部署で使い物にならなくてナチスのガス処理室担当になった者もいる。戦犯について戦勝国と敗戦国では扱いがちがうなどと話題になったりしますが、立場の違いを超えて「悪」とみなされる行為を行うのは何故か、それをどうやって防ぐのか、もっと大きな視点で見るべきではないかなと思っていました。といっても、わたしは大学で学んだわけでも仕事で関わったわけでもありません。ただ、「悪」と時代の「倫理」というのは大きく関わっているはずなのに、明示的に教わることがなかったり、教育そのものがちょっとちがうぞと思えたり(「愛国」が道徳の授業で扱われるというのはとてつもなくまちがっていると思います)、どうやったらわたしの納得できる道徳に出会えるのだろうとぼんやりと考えてきました。立場に応じて公平性が異なるのはわかるつもりですが、その立場をこえて考える基礎はなりたたないのか? こういう時には哲学だろうと思うのですが、過去にプラトンやカント、さまざまな本に手を出して挫折した過去のあるわたしが考えるときに使うべきテキストは何か。無謀なのは重々承知のうえで、ハンナ・アレント『責任と判断』を読むことにします。

1963年に『イェルサレムのアイヒマン』で一躍有名になった著者による1965年・1966年の講演が中心で、特に最初の章「独裁体制のもとでの個人の責任」というタイトルに「読まなくてはいけない」という使命感のようなものを感じました。本書で繰り返されるソクラテスの言葉

自分が悪をなすよりも、悪をなされるほうがまし

がすぐに語られます。このことを自明と思う人と思わない人がいるというのが一番大きな問題なのかと思います。そして、法的に言い訳となっても道徳的には認められない。こここそがまさにわたしの知りたいこと。

これを書いている2018年の夏はオウム真理教の死刑囚13名が処刑されました。わたしは決して死刑賛成ではないのですが、わたしの当時の記憶や村上春樹『アンダーグラウンド』を読むと、死刑をなくしたことで何が解決するのだろうか、死をもって死をあがなわないのだとしたらどうやって彼らのような犯罪にけりをつけたらいいのだろう。それに答えが出せません。ナチスドイツもオウム真理教も独裁体制の元で罪なき多くの人々を死に至らしめています。彼らのような集団が存在してはいけないはずなのに、数の多寡はあれども決してなくなることはない。人間が「悪」になるのは紙一重の話で、わたしたちは技術を開発したり経済を発展させることと同じくらい、「悪」にならない倫理観を育てるべきではないかなあと思うのですが、そのゴールはわたしにもどうしたらいいのか分かりません。ただ今言えるのは学び続けること。学ぶのをやめるとき、人は「悪」に落ち込んでいくのかなと思っています。

暑くてコケを見に行くことができないので、しばらく自分が考えたことをぼんやりと言葉にしていこうと思います。

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