苔をたずねて三千里

苔の写真を撮り、海外文学を読んでいます。

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山愚痴屋感謝祭と微生物の狩人

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今週の目玉イベントはなんといっても山口晃『すゞしろ日記3』出版記念の「山愚痴屋感謝祭」。チケットを取るイベントにはほとんど縁がないので、セブンイレブンでチケットをどうやって発行するのか分からず20分くらい戸惑ったものの、仕事も終わらせて開演時刻に滑り込み。さらに『すゞしろ日記3』は先行販売ということで、受付に知らずに並んだら最後から2冊目をこちらも滑り込みで購入。銀座の雑誌に連載していたものはちょっとブルジョアめいて鼻につくくらいですが、そのほかはいつもの通りたいそうおもしろい。

「山愚痴屋感謝祭」は単なるトークショーではなく、山口晃がお題をもらって即興で絵を描く前半と、後半は『すゞしろ日記3』の思い出を語るという二段構え。この即興で描く絵というのが、ただのトークのうまいおじさんの絵ではない。のび太のおばあちゃんを描かせれば浮世絵のような構図でありながら、しっかりのび太のおばあちゃんの特徴を捉えている(マンガ版よりものび太寄り)。さらに隣に頼まれていない僧侶もさらさらと太い筆で描いてしまう。その間も喋りを絶やさず、女性率8割の会場はいつも笑いに満ちている。ううむ、これがプロの技かと久しぶりに目の前で繰り広げられる芸に圧倒されました。

2枚目ではラップと〆切がお題で、五木寛之『親鸞』の挿絵でも使われていたラップする僧侶が描かれたので、一人で「その本、持ってます!」とこっそり叫んだ。琉球新報社から出ている『親鸞 激動編』は山口晃の挿絵入りなので、本の存在を知ったとき慌てて買い求めました。ただ、この本も「笑い声がおこった」あたりのふざけたのは収録されておらず、すべての挿絵を見るためには新聞を全部あたらないといけないのが残念。おもしろいところはNaverまとめにまとめられています。

と、「山愚痴屋感謝祭」を堪能し、帰りの電車では今週の本『微生物の狩人』がいよいよ佳境に入りつつある。レーウェンフックから始まる顕微鏡にまつわる科学者の伝記と思いきや、岩波文庫にあるまじき「!」の多さに驚く。蚕のことを全く知らないのに蚕の病気を治せると信じて実験に没頭するパストゥール、正確な実験の繰り返しで科学的な証明を何よりも大事にしたコッホ、上巻の最終章では二人が炭疽菌を巡って衝突する。それは単なる科学者の派閥のちがいだけではなく、弁舌の立つフランスのパストゥール対冷徹な観察力を元にするドイツのコッホという国同士の戦いでもあった。ナショナリズムというのはこんなところにも顔を出すのか。

「かかるやり方は、あるいは商店の広告としてはふさわしいかもしれないが、科学にあっては厳に拒否せねばならぬことである」と、コッホは冷然と無慈悲な調子で結んだ。

「(中略)わたしが微生物培養の方法を知らぬというコッホの当てこすりなどはまじめにとり上げられる筋合いのものではない!」とパストゥールは叫んだのだ。

そのうちにパストゥールは今度は——なぜそんなことをやったのか誰にもわからないが——狂犬病で狂い回っているイヌの口をこじあけて小さなガラス管を押し込みはじめた。

古今のネット界隈でも見たことがあるような誇大妄想と現実紙一重のパストゥールが、最終的には狂犬病を治し、後の世に大きな影響を与える「ワクチン」という考え方を生み出すくだりは胸がすくような、それでいて人の多面性とそれが生み出すおもしろさをまとめ上げるすばらしい読書体験を与えてくれます。古書店でなにも考えずに上巻だけ買った本が、早くも2018年のベストに挙げられるようなすばらしい出会いになりました。読了後、慌てて近所の新刊書店で次の巻を買い求めるなんてこと、「十二国記」シリーズ以来です。笑える岩波文庫というカテゴリにまた新しい一冊が加わりました。

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