苔をたずねて三千里

苔の写真を撮り、海外文学を読んでいます。

Bryophytes Microscope

ハネゴケの謎に挑む(1)チチブハネゴケ(Plagiochila flexuosa)?

投稿日:2017年3月26日 更新日:


羽のように見えるからハネゴケ。苔なんてみんな左右に葉が出て羽のように見えるように思えますが、羽のようと形容できる種は案外少ない。それでもクジャクゴケやホウオウゴケ(こちらは空想上の鳥ですが)のように鳥の名前をつけられているのは羽のように見えるからでしょう。クジャクゴケやホウオウゴケとちがって、ハネゴケは苔類。じめじめしたところに多い苔の中でも地味な部類です。このハネゴケ、同じ属の種がたくさんあり、ただでさえ見分けるのが大変な苔の中でも特に大変な部類に入るそうです。わたしも野外で見るときは「ハネゴケだー」としか思えず、多種多様なハネゴケの仲間のどれなのかは帰宅してからじっくり観察して見極めることにしています。都内近郊の山で立派な形のハネゴケを見つけたのでじっくり見てみます。

山には蝋梅が咲いている時期

問題は、このハネゴケをどこで見たか記録していないこと。わたしのバカ。たぶん滝の近くで冬枯れしている岩場だったと思うのですが……。ただ、ハネゴケは形が特徴的なのとどこに生えるか(基物)はあまり重視されないようなので、気にせず顕微鏡へ。

今回のハネゴケ

けっこう大きくて1つの枝は1cmくらいあります。写真ではうまく出せませんでしたが、ちょっと黄色がかっており、これも特徴の一つかも。
苔の分類は保育社と平凡社の図鑑の両方を見た方がいいと言われますが、ハネゴケに関しては後者の方が圧倒的に詳しいので、今回は平凡社頼り。苔の図鑑に限らず、植物の図鑑には特徴で枝分かれしていく分類表がついているのですが、専門用語が多用されているのでたどっていくのが難しい。まずは、

A.茎の腹面からムチゴケ型分枝をしない。

ムチゴケ型分枝って何じゃ。これは巻頭に掲載されている苔類の分枝表が役に立ちますが、とはいえ一目見てぱっと分かるような代物ではありません。

苔類の分枝型

ムチゴケ型分枝は左から2番目にありますが、

  • 有襟分枝
  • 茎の髄
  • 腹面

という特徴だそうです。襟の有無というのは枝分かれした根元が一回り太くなっていること、腹面というのは枝分かれした茎が生えている場所、茎の髄というのは何を言ってるかまだ分かりません……。というわけで、ハネゴケの枝分かれしている場所を見てみます。

ハネゴケの分枝1

ハネゴケの分枝2

襟はないような……、先ほどの表に従うなら無襟分枝になりそうです。そして真横から茎を伸ばしているので、「コマチゴケ型」分枝になりそうですが、残念なことにハネゴケの項目でコマチゴケ型分枝すると書かれているものはありませんでした。とりあえずムチゴケ型分枝ではないということで進めます。

B.葉は腹縁基部がほとんど外曲しない。

ここについては「外曲する」タイプは琉球限定のようなので無視。ハネゴケはたいてい葉の縁がくるんと曲がっていることで分かります。

C.葉身細胞の壁は波状に中間肥厚する。

「波状に中間肥厚する」というのがどういう状態か分かりませんが、とりあえず細胞の写真を。

ハネゴケの細胞

我が家の顕微鏡はなぜか接眼レンズを変えると中心部が明るくなりすぎる現象が発生します……。ちょっと見づらいですが、少なくとも細胞の周りに波状になっているものはなさそうです。なのでこれは「しない。」ちなみに波状肥厚すると「アツメハネゴケ」だそうですが、写真が掲載されていないのでどんな細胞なのかは分かりません。これも四国や九州にしかいない種らしいので、基本的には検討しなくてよさそうです。

D.茎は側面からヤスデゴケ型分枝をほとんどしないかまったくせず,羽状にはならない。

ヤスデゴケ型分枝は見分けるのが難しそう。ポイントはA.の分枝表にあるヤスデゴケ型分枝のイラストですが、右上に葉半分が突き出ています。おそらくこれがヤスデゴケ型のポイントのようで、分枝する茎の部分から葉が直接生えていることかと解釈しました。この苔は分枝する前の茎に葉はあるものの、分枝した又の部分には生えていません。おそらく「まったくせず,羽状にはならない。」としてよさそう。

ちなみにヤスデゴケ型分枝をするタイプは「ユワンハネゴケ」で、おそらく奄美大島にある湯湾岳の地名から取られた名前で分布は琉球地方だそうです。これも関東にはいなさそう。

E.茎は側面からヤスデゴケ型分枝をせず,ハネゴケ型分枝も稀で,茎の基部で分枝する。無性生殖は葉が基部から落ちることに限られる。

D.で見たようにヤスデゴケ型分枝はしません。また、A.でもあったようにこのハネゴケの分枝には襟がありません。ここまでは当てはまりそうです。

無性生殖までは観察しきれないのでこれは保留。ここは大きな分岐点になりそうです。

F.葉は矩形〜卵形または円形で,縁は全縁か鋸歯状。

もう一度葉の全景を。ちょっと見切れてますが……。

ハネゴケの葉

矩形(長方形?)か卵形か円形ってほぼ全部の形を網羅してしまっているように思えます……。縁についても全縁=とげがないということで、もしくは「鋸歯」ノコギリ状の棘があるということで、どれも当てはまりそう。この設問の反対を見てみると、「葉は2裂し,先端の2歯以外に歯はない」となっています。明らかに2裂しておらず、歯も5つあるのでこれもあてはまりそう。

G.葉は矩形,長さが幅の2倍以上

この葉が矩形かどうかは疑問ですが、反対の設問には「長さが幅の1.5倍以下」とあり、そこだけ見ると2倍以上としてよさそう。いよいよ絞られてきました。

H.花被の背側に翼がない。葉先は不規則な鋸歯があり,ウロコゴケ属の葉のようではない。

残念ながら花被は確認できなかったので、それ以外の部分を調べます。というか、逆の設問が当てはまる種は「ムニンハネゴケ」という小笠原限定の種なので、これも無視して良さそう。不規則な鋸歯があり、ウロコゴケぽくないのは当てはまっています。

I.葉の縁に歯は多く,5-8個。常緑樹林帯の岩上。本州(埼玉県以南)……チチブハネゴケ

I.葉の縁に歯は少なく,2-5個。……キハネゴケ

サンプルの葉についている歯は5つ。……どっち? キハネゴケの詳細な解説を見ると、「トリゴンは大きい」とあります。トリゴンは3つの細胞が接している細胞壁の部分が膨らむと「大きい」とされるようです。ちょっと画質は良くないのですが、ぐっと細胞に寄ってみると……。

トリゴン調査

トリゴンが大きいところもあれば小さいところもあるような……。また、候補のチチブハネゴケについてはトリゴンの詳細が記述されていないので、トリゴンの比較が二つを分ける決め手になるかどうかは怪しいところ。ただ、キハネゴケもチチブハネゴケも基本は温暖な地域を好むようなので、奥多摩山中で見かけたこの苔が当てはまるのかどうか怪しいところ……。とりあえず秩父に近い場所で見つけたこともあり、チチブハネゴケとしておこうかと思います。

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