苔界の第一人者児玉務先生追悼・著作集『ええもん見つけたな』で号泣

book
ええもん見つけたな

SFとかラテンアメリカ文学にはまった時、真っ先にやったのは読むことよりも買うことでした。どちらも21世紀になってから本格的に触れたので、20世紀に出版されたおもしろいけど売れない本というのはかなり稀少だった記憶があります。SFだと東京創元社から出ていたジュディス・メリルによる『年刊SF傑作選』のシリーズや、国書刊行会から出ている「ラテンアメリカ文学叢書」などは品切れが多くて、集めるのに苦労しました。

※結局買えなかった『トンネル』

品切れになってしまうのは文学だけでなく生物学の世界でも同じようで、苔の図鑑といえば平凡社と並んで有名な保育社の『原色日本蘚苔類図鑑』も長らく品切れになっています。こちらは保育社にメールで問い合わせてみましたが復刊の予定はないとのことでした(一度倒産したこともあり、看護系の会社に買い取られたので実用書中心になっていくことでしょう……)。苔界隈ではきちんと苔を調べるためには保育社と平凡社の両方を揃えなければいけないと言われるほどの名著でさえ、売れずに再版することができないのが現状のようです。

という感じで苔関連の本を探していると、全く書店で見かけない本に遭遇しました。タイトルがいい。『ええもん見つけたな』とは追悼されているご本人児玉務先生がよく同行の方にかけていた言葉のようです。苔を見る人間からすると、先生からこんなことを言われるのは探索冥利に尽きるでしょう。また、「ええもん」を見つけるために誰も行かないような山や谷に出向いているわけですから、自分自身にもかけるねぎらいの言葉なのかもしれません。

ええもん見つけたな

購入時には児玉務先生がどれほどの人か分かっていなかったのですが、ページをめくるたびに苔への大きな愛と才能がありながら、40代で大動脈瘤破裂で倒れ、以来亡くなるまで20年以上苔を見に行くことができなかったということを知り愕然。その間の20年、もし意識がある状態で寝たきりなのだとしたら、どれほど悔しくつらいだろうと思われます。自分の天職というか、心からやりたいことが一切できない状態で生き続けることは想像できないほどの苦しみでしょう。児玉先生の苔を探す嗅覚や穏やかな人格は会ったことがないにも関わらず、本文や追悼文から偲ばれます。

扉には各地で撮影された児玉先生や多くの苔界の偉人が掲載されています。児玉先生は関西人特有の人なつっこい笑顔でこちらを見ています。冒頭の夫人友子さんの言葉によると、21年間言葉を発することもできず寝たきりだったそうで、シューベルト「冬の旅」が夫婦とも好きで一緒に練習できなかったことが心残りだとか。

本文の方は最新のものでも1976年ですから、ガリ版刷りや手書きのものも多く、丁寧な筆跡や几帳面な線からも人柄が偲ばれます。関西はほぼすべての場所を観察されたそうで、しかもすべて公共交通機関頼り。中には「日帰り採集はどこまで可能か」と大阪の自宅から1日で行ける場所について検討した論文さえあります。学校の先生だったこともあり、後進の教育という意味合いもあったのでしょうか、多くの論文や報告を遺されています。本書は大阪市立自然史博物館のネットショップからのみ購入可能なようです(ISBNはありません)。売れ筋の本にはなりえませんが、1人の無名だけれども偉大な研究者の記録として、いつまでも販売されることを願います。

コメント

  1. 道盛正樹 より:

    冠略
    2018-07-18にコメントしています。
    編者冥利に尽きるコメントをいただき、恐縮しております。
    追悼文は一時代を彷彿とさせています。
    まだ少し在庫があると思います、少しでもお読みいただける方が広がればと思ております。

  2. uporeke より:

    道盛様

    コメントありがとうございます。いつも関西の楽しそうなお話を聞くにつれ、一度は行ってみたいと思っています(コケ展は一昨年参加させていただきました)。
    編集された方からのお言葉をいただけることほど、後追いの者にとって嬉しいことはありません。当時の純粋な熱意が伝わってくる希有な本だと思いますので、一人でも多くの人が手に取れることを願いつつ布教していきたいと思います!