あんたが一番おもしろい 中野好夫『伝記文学の面白さ』

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伝記文学の面白さ

表紙画像がだいぶちがうが、大丈夫か……。

べらんめえ調文学の第一人者、中野好夫先生によるタイトル通りの内容を講演したものを書き起こししてあるので、大変読みやすく親しみやすい。前半は世界のおもしろい伝記について語り、日本の伝記は対象を気遣うばかりでおもしろくないと一刀両断。ブックガイドとしてもたいそう優れていて、『史記列伝』はおもしろいところだけ読めばいいとし、著者の司馬遷は「ゴシップ愛好家」であると評価する。そう、伝記のおもしろさは、書かれている人となりのおもしろさが大切なので、成功と同様に失敗もきちんと書き記さなければならない、そうでないと人としてのおもしろさが出ないという。そして、伝記によって歴史を勉強してもいいが、

たいていベッドに入って、一人のところをちょこっと読めばいいのです。どこで始めてどこで止めなくちゃならんということはない。

と、構えずに読むことも伝記の楽しさの一つだとしている。この気軽さは、案外と昭和当時の文学者になかったものではないか。

おもしろい伝記として紹介されているのは以下の本。



ルネサンスの同時代の人が書いていることに価値があるというヴァザーリの『芸術家列伝』も。これはわたしも前から気になっていた本。



「天使と悪魔がいっしょに住んでいるような人」とするベンヴェヌト・チェリーニ。


有名な『サミュエル・ジョンソン伝』を書いたボズウェルのことは「二流の人」とばっさり。サミュエル・ジョンソンに心酔しきったボズウェルは、ジョンソンのことをすべてメモして弱点もすべて書き表したところがすばらしいという。伝記の対象を「神様扱いしない」ところがいいのだ、と。なお、みすず書房版は2冊で2万円を超える模様……。



(……それにしても、伝記はどれも長いな……)

ステファン・ツヴァイクの『ジョセフ・フーシェ』については、伝記としては「面白く書きすぎている」と。ツヴァイクはノーマークだったけど、そんなこと言われたら読まずにいられないではないか。

日本からは芥川龍之介の「将軍」。乃木大将とは表だっては書けないが、神格化されていた当時にこれだけ批判的な書き方をしたのがすごいらしい。案の定伏せ字だらけで、それは青空文庫版でも同じ模様。伏せ字って、当時の人が何をいけないと考えていたのかが想像されるところが好き。伏せ字文学特集みたいなのはどこかにないか、と思ったらちゃんと研究している人たちがいたのです

中野先生が「伝記文学で本当に頭が下がる、これは及びがたし」とする最高傑作は、森鴎外『渋江抽斎』だそう。

歴史のように真実を書いて実際あったことを書いて、しかもそのできあがったものは文学のように一つの作品になっているのがすぐれた伝記文学だろうと思うのです。

一方でいわゆる「自伝」についてはこっぴどくやっつけており、

自伝というのは、あれ読んでみると自己弁護です、みな。日記もそうです。どうかしているんじゃないかと思うぐらいです。自伝なんてのはせいぜい死後出すか、書かないのがいちばん利口なやつとぼくは思います。しかし、それはどうでもいい(笑)。

ほかにペリー来航時に交渉した川路聖謨(かわじとしあきら)や、フランスの宰相タレイランなどについてもおもしろさを保ちながら、彼らの一生を中野先生ならではの切り口で語っていく。実際のお声はどんなだったろう、聴衆は楽しんでいたのだろうか、当時の光景をぼんやり想像しつつ、本当は中野好夫先生の伝記が読んでみたいと思うのだった。

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