ジーン・ウルフ「新しい太陽の書」読書日記その1『拷問者の影』1

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今年はジーン・ウルフの本がたくさん出版されると風の噂で聞いた。そういえば表紙が変わった「新しい太陽の書」、前に読んだのはもう5年以上前のはずなので、そろそろ再読の時期かと思い、だらだらと読書日記をつけつつ読み進めようかと思った。普段は読書日記的なものはつけないのだけど、とても長いのと、なんとなく気づいたこと(ex.ウルタン師のモデルはボルヘスでOK? 的な思いつき)を記録していきたいと思った。

「新しい太陽の書」の舞台は、わたしたちが暮らしているこの地球と共通している言葉がたくさん出てくる。既に絶滅した動物として「スミロドン」「バリラムブダ(バリラムダ)」に言及されており、この一点だけでも舞台が地球と判断する材料になると思う。本来ならもっと有益な情報源として、邦訳のない『Castle of the Otter』を購入してこっそり翻訳していけばいいのだろうけど……。ただ、わたしたちインターネットの民にはULTAN’S LIBRARYがある。気になるところはここを覗きつつ、地道にかつ微妙な細かさをもってちまちまと読んでいきたい。

というわけで初回は100頁まで読んだ時点での感想というか、不審な点を記録に残したい。100頁はセヴェリアンがセクラの方のお供をするようになって、図書館に本を借りに行くあたり。なお、洋書『Lexicon Urthus』という「新しい太陽の書」解説書を買って並行してちまちま読んでいるので、気づいた部分はそちらの意見に素直に従うはず。

P.15 ある秘教の高僧曰く

「世界は人間の精神によって構築されていると断言している。」これはヘーゲルの「世界精神」? 有名な「デス博士の島その他の物語」は物語を読むタッキーによって世界が構築される。ここは著者自身の物語への信奉というか、物語かくあるべきという理念的な言及なのかもしれない。

P.39 光り苔

苔!
なお、地球のヒカリゴケは、自身から光を発しているのではなく、反射体によって光っているように見えるのだそうです。

P.40 飛行船

わたしが前回読んだ時にはまだ5巻が出ていなかったので、宇宙的なところはあまり視野に入っていなかった。時折別世界の民ということで侮蔑的な表現がなされることがあるので、この時点で(世間知らずのセヴェリアンですら)自分の住んでいる星以外の星に意思疎通できる民族がいるということは認知している。
また、この直前に出てくるコインの肖像はセクラとは関係ないのかな?

P.54 あわれな動物

セヴェリアンが怪我した犬を助ける。「犬」という動物の存在がますます舞台である「地球」の裏付けになるように感じられる。前に読んでセヴェリアンの肩を持った理由は、このように自分より弱いと認めた存在への愛情をセヴェリアンが義務感として抱いていることが大きいかもしれない。

P.59 ラテン語?

「新しい太陽の光は生命を照らす」「人々は長い間、幸福を待つ」何か出典のある言葉なのだろうか? 「ウト」という語句があるので、たぶんラテン語の接続詞だと思うんだけど……。

P.62 聖キャサリンの祭り

Twitterでも書いたのだけど、聖キャサリンの祭は2/12のはず……、ってUltan.netにも書かれていますね。アレクサンドラのカタリナはキリスト教の聖人で、あらゆる拷問の後に最後には首をはねられて処刑された人なので、拷問者の聖人として祭られているらしいが、ちょっと腑に落ちない。拷問者も最終的には処刑人となるんでしたっけ?

P.69 灌漑

月は植民されて灌漑施設が整い、森ができたので緑色に見える。そして現在の地球と月の間隔よりもずっと狭いのは、未来の話で重力によって近づいているせい。

P.80 立方体の結晶

現在のメモリやハードディスク的な電子記録媒体と思われるが、この時代では技術が何らかの影響で退化し、読み取ることができない。

次は200頁まで進んでから。

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