『ナボコフ全短篇』を読む試み その2

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Photograph by Jean Vong courtesy of the Estate of Vladimir Nabokov

その1はだいぶ昔に書いたはず。今回は『ナボコフ全短篇』を頭から読み始めたら、まったく止まらなくなった。

「森の精」は以前読んでダンセイニぽいと思った記憶がある。

「言葉」はすごい。たった4ページで絢爛な言葉によって天使との接触を描く、かなり上気した文章。

その言葉は私の血管という血管すべてに注ぎ込まれ、陽となって頭脳を照らし、意識の無数の峡谷は唱和し、天国の光輝なる調べを繰り返した。

一転して「ロシア語、話します」ではウリヤーノフ(レーニンの本名)の石膏像を打ち倒したり監禁したりとサイコホラーの趣さえある。

「響き」では再び天上の光を見てしまう語り手による、かなりアッパーな内容だ。この毛色の違いをどう受け止めたらいいのか、わたしにはまだわからない。

その高揚感は自らを「神々」と称する最高点まで達する。若さ故の恐れなき自己承認。

初期のナボコフの短篇には人間存在としての高みを目指す、絶対的肯定がベースになっているものが多いのかもしれない。「初期」と書いてしまったが、後にそれがどう変化したかとは『ロリータ』『ディフェンス』『賜物』などを読んだ今でもよくわからない。言葉の魔術師であるナボコフを読むと、いつも言葉の美しさ、色彩の艶やかさに目を奪われてしまい、作家としてのナボコフがそれ以上に何を込めようとしたのかまで思い至ることができず、いつも文章に酔わされてしまう。一読者としてはこの状態が最も幸福なのかもしれないが。

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