第37回読書部活動 ドノソ『別荘』

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今回の課題図書はドノソ『別荘』。参加者も言われていたことだが、初版発売部数は1500部。今回参加しているのは15人なので、0.1%の売上にこの読書会が貢献したことになる。これからも読書部は部数が少なそうで、みんなが一人で読むにはしんどい作品ばかりを選んでいく所存です、きっと。

個人的には再読まで完了。登場人物の一覧表詳細(登場人物の特徴、登場ページ数の一覧)をつくろうかと思っていたが、リソースと根性不足で断念。そういうの、出版社さんが作ってくれるといいんだけどな。今回は後述するように、「登場人物表にはいるのに、本文に登場しない子どもが1人いる」という噂があったため、それを検証するためにも読むこととは別に、テキストか検索可能PDFを貸し出してもらえるようなサービスがあるといいのですが。

自己紹介と共にうかがった印象・各自の読み方は以下の通り(※すべてを記録しているわけではありません)。また、わたしも一参加者としての主観が含まれた記録となっておりますので、参加者によっては「そんな話ではなかった」と思われる点が多々あると思いますので、その分を差し引いてお読みください。

あともちろんネタバレ全開です。未読の方はご注意ください。

人物表は誰が作ったの?

ドノソ自身。親と子の年齢差がとても開いていて不自然という意見多数。

ミニョンの料理

首だけ調理する場面は、前回課題図書の『族長の秋』にもあり、奇しくも悪趣味な場面がつながった。莫言『酒国』でも赤ん坊を丸焼きにしたりと、マジック・リアリズムと食人習慣は相性がいいのかもしれない。
また、本作をマジック・リアリズムとみなす発言は読書会中にはありませんでしたが、時間軸が異なるなどの内容から、マジック・リアリズムとみなされて不自然ではないと思われます。

寓意と政治性

一方で、アドリアノ・ゴマラはイザベル・アジェンデの叔父サルバドール・アジェンデの比喩。指をつぶされてもギターで歌う●●は、競技場で処刑される際に民衆と歌い続けたという伝説の残るビクトル・ハラであるという指摘もある(読書会とは関係ない話だが、サルバドール・アジェンデの娘はイサベル・アジェンデで、小説家の同姓同名と同じ名前だが別人。ややこしい)。本人も認めているが、政治的イデオロギーとは無縁であるとも

神話的だが語り手が動かしている手が見える

血なまぐさいがキラキラしている

2部の第11章あたりからサバイバルになってきます。

寓意が多いが、正しい答えが見つからない

後述しますが当時のチリの暗喩でもあるそうです。

2部に入ってからの疾走感

綿毛が世界を覆う美しさは酷い状況ですが想像しやすいと思いました。

ミニョンの料理

図らずも前回の課題図書『族長の秋』とこんなところで被ることに…。

マウロが槍をメラニアに見立てる場面

へ、変態だー。前半で槍はいろいろな象徴性を含んでいました。個人的には前半で使われていたモチーフが後半で効果を失うように見えて、そこにも何かあったのかも、と。

盛り上がりそうなところが盛り上がらない

『ブラッド・メリディアン』ぽく盛り上げてほしかったとのこと。

エンターテインメント性

上記のように政治的寓意がかなり含まれているにも関わらず、それを意識しなくても楽しく読めるという意見多数。エンターテインメントとして、表現を政治性の隠喩と捉えることなく読むことに耐えるつくりになっている。

努力型

前回のガルシア=マルケスが天才型の語り手としたら、どの作品にも数年かけてじっくり推敲するドノソは努力型と言えそう。

抑圧された人がストレスをためていって、ある契機で噴出する

時間

時間のずれを取り入れるのが上手。大人の1日が子供の1年というのは、実際に生きていても年々時間の経過が早く感じられる、そういう日常的な違和感もあるのかも。

舞台の閉鎖性

マルランダという別荘のある土地の閉鎖空間が、ガルシア=マルケス『百年の孤独』マコンドと重なる。

しっくりこない訳語

P.530「乳液」など、(まちがってはいないのだろうが)状況にそぐわない言葉が散見された。

グラミネア最強伝説

あらゆるラテンアメリカ文学にグラミネアがあったら、と妄想するもまた楽し。

『別荘』は中ドノソ

『境界なき土地』が小ドノソ、『夜のみだらな鳥』が大ドノソだとすると、『別荘』は中ドノソ。

色彩の豊かさ

人食い人種たちとして着ている衣装のきらびやかさ、投げつけられるペンキの極彩色、グラミネアが陽にあたって一面にプラチナ色に輝く光景。

南米文学集大成

ひと通りのブームが終わって出てきたこの厚さは、南米文学の要素をたっぷり使った集大成的な印象。

「侯爵夫人は五時に出発した」はポール・ヴァレリーが元ネタ

ただし本作での象徴性・意味合いなどは今ひとつつかみがたい。

犬たち

某所によると人間に近い、人間の生き方を象徴しているような犬をドノソはよく登場させる。『夜のみだらな鳥』や『境界なき土地』など。

不在の子供という噂

登場人物表にはいるのに、実際に作中には登場しない子供がいるという噂、というか訳者がトークショーで発言したらしい。しかし、誰もそれが誰かを言い当てられなかったし、海外のサイトを見ても特にそんな記述は見つからなかった。一応、クレリアが怪しい。

脚注やルビがないので読みにくい

脚注がないのは訳者の意向らしいですが、やはり海外の、それも日本人にとってあまり馴染みのない南米文学で脚注などがないのは分かりにくいのではないか。

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