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ミステリ アーカイブ

2006年07月01日

J・P・マンシェット『危険なささやき』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

危険なささやき
危険なささやき
posted with amazlet on 06.10.08
J.P.マンシェット 藤田 宜永
早川書房

身近にマンシェット愛好家(TOPページはEUCでblogはShift-JISなのはMac泣かせであることよ)がいるので買っておいた一冊。古本放出で軒並みなくなった隣の部屋になぜかぽつりと残っており、暑くてむしむししているので考えなくて良さそうな本を読もうという意図で手に取る。

表紙誰だよ、と野暮なつっこみを入れつつ予想していた通りにさくさく読み進める。私立探偵タルポンが事件の依頼を受けると知人の警部から「金だけもらってほっておけ」とアドバイスが。別のちっぽけな横領事件と平行しておっかけてると依頼人がショッキングなことになり、普段は悪ぶってるタルポンもあっちこっちで悪人たちに探りを入れてはさらにおおごとに巻き込まれていく、実に安心できるつくりの親切ノワール。

ノワールの一番の楽しみは、なんといってもへらず口のおもしろさにありと信じているわたしにとっては、事件の詳細とか細やかな人間模様は二の次で苦笑してしまう名言を探してしまう。さすがにへらず口テキサスチャンプのランズデールにはかなわないけれど、マンシェットもなかなかのもの。なんだかんだで敵をまいたりやっつけたりするたびに相手の拳銃を奪ってきたタルポンは、最後の敵に見つかって頭に拳銃をつきつけられてしまう。

「あんたの拳銃、おれにくれないかな」とおれは続けた。「最近、日に二、三挺ずつ拾って歩いてるんだ。銃砲店でも開こうと思ってね。(P.204)

ちょっとかっこいい。生きるか死ぬかの瀬戸際になかなかこの台詞は言えませんよ。

こういう言い方でこんなことを言われると、やはりびっくりしてしまう。食べかけのヨーグルトが突然、はやくお仕舞いにして、苦しくて仕方ないんだ、と叫ぶのを聞いて驚くのと同じような感じだ(P.204)

おもしろい。この余裕だかロハスだか分からない発想の転換がじんわり染みて、「いきがっちゃって、もう」と主人公に共感しちゃうのです。仲間がウイスキー飲んでるときでもコーヒーを選んだり、仲間が将棋をしている間に一仕事しちゃったり、有能かもしれないけど端にいると迷惑、だからこそかっこいいタルポンちゃん。なんとなくおなかがタルポンなイメージですが、物語自体はソリッドでなかなかのおすすめです。1981年にアラン・ドロン主演兼監督で映画化もされているようですね。たぶんふつーにカーチェイスがあってふつーにボスと戦うような映像でしょうから見ません。

2006年09月05日

P・G・ウッドハウス『スミスにおまかせ』(創土社)

牧人さんに借りました。どうもありがとう。創土社の古い本だったけど、ウッドハウス人気の今でも増刷されていないのかしら?

「伯母のネックレスを盗み出して欲しい」そんな依頼を受けた元魚屋のPsmith(Pは読まない)は、偶然にも知り合った貴族の屋敷に伯母が住んでいて忍び込む。しかし、そこにはターゲットのネックレスを盗もうとする人々でひしめきあっていたのです。

Psmithが登場するパートは、饒舌に任せたボケにあわせてするすると人の懐に入り込んでいくところがおもしろい。その勢いは大阪のおばちゃんだが、紳士らしくスマートで、徹底的になりきってみせる、Aチームでいうところの大佐。詩人になりすまして屋敷に入り込み、せっせとシュールな詩の勉強をする場面は「やるからには徹底的に」という意気込みが見えていじましくもおかしい。

また、イギリスならではのネタが豊富に盛り込まれているところも大きな特徴で、ガーデニングですっぽかしとか、貴族ならではのちゃらんぽらんなところは、著者の観察力のたまものでしょう。地元の特徴をいかしたネタは、本当の田舎でやっても誰にも理解されませんが、ロンドン、イギリスという世界の王者たる地位でありながら、各人は隙だらけのまぬけであるギャップもおかしみの一つ。読者の共有概念に頼った笑いというのは、落語の与太噺にも通じ、江戸のしきたりやら風情を知らないと廓の噺がさっぱり理解できないのにも近い。

なるほど、時代のせいで全体にのったりしているけれども、これはおもしろい。若島先生がジーヴスシリーズをファンタジーとおっしゃる理由が分かったような気がします。Psmithを世界の中心に、周囲が翻弄されるさまをちょっと腹黒い心でにやにや眺める。それにしてはPsmithがいない時間が多くて、序盤に入り込めなかったきらいがあります。冗長なところも少なくありませんが、しかし、それこそがウッドハウスの魅力なのでしょう。ロンドンの空を彷彿させるような曇天の日に、家にこもってにやにやと読みたい一冊でした。

2006年10月22日

P・ディキンスン『ガラス箱の蟻(ピブル警視シリーズ)』(ハヤカワ・ミステリ)

ガラス箱の蟻
ガラス箱の蟻
posted with amazlet on 06.10.22
ピーター・ディキンスン 皆藤 幸蔵 Peter Dickinson
早川書房

シリーズ第1作。事件が起こるたびに内心びくびくしているアンチヒーローの警視が、ニューギニアからの移民コミュニティの酋長が殺された事件にかりだされる。ちなみに本文に「蟻」という言葉はひとつも出てこなかったはずです。原題もJazzのスタンダードと同名の「Skin Deep」(ニューギニア人が宗教的理由で皮膚を裂いたままにしていることにかけている)だし、どういう意図でつけられたのかよく分かりません。

分からないと言えばピブル警視の小心ぶりです。

おれはどうして、こんなに臆病なのだろう。小さいころ子供たちのパーティーで、大きな子供たちに軽蔑されたせいだろうか。それとも、生まれつきだろうか。新しい事件のたびごとに、彼の魂を縮みあがらせるような犯人が現れるわけではないが、ピブルは若いころ、そういう犯人をたくさん刑務所へ送った。ワレウスキーもその一人だ。だが、刑務所へ送ったあとでも、彼らのことを頭から追払うことはできなかった。今度もたぶん……

いったいどうした心がけだ。事件の中身がまだ何も語られる前からこれだ。こんなことでは片付く事件もうじうじと悩んで迷宮入りしてしまいそうではないか。警視とも言われる立場ならば「動くなくずども。1ミリでも動いたらお前は二度××できないようにしてやるぜ」といつでも怒鳴るだけの勢いが必要なのではありませんか。

だが、読み進めるにつけピブルの自信のなさが徐々に事件を暴いていく、というよりは事件に巻き込まれていく推進力がおもしろくなってくる。前に読んだ『眠りと死は兄弟』でも眠り病施設に雇われたピブルが事件解決に結びつけていましたが、ここでもニューギニア移民コミュニティに入り込んでとある儀式を受けるまでになります。ピブルの場合は、ギャング軍団やヤクザ屋さんのような分かりやすい社会の敵と対決するのではなく、「こいつら、何者なんだろう……」という得体の知れない人々を相手にとまどうところから始まります。普通のミステリのように事件を解決するという方向性よりも、得体の知れないコミュニティの端っこからそっと触れていく丁寧さ、わけの分からないものはわけの分からないままに取り扱おうという謙虚さが、やがて実を結ぶような、あるいは何も実らなかったような結末へ導かれます。主人公と共にとまどえる人向けの、ちょっと変わったミステリ。ミステリというよりは異色作家短篇系。

2006年12月02日

サラ・ウォーターズ『半身』(創元推理文庫)

半身
半身
posted with amazlet on 06.12.02
サラ ウォーターズ Sarah Waters 中村 有希
東京創元社
売り上げランキング: 176246

ミステリは犯人探しが中心に据えられてしまうと、「別に人一人死んだくらいでがたがた言うな」という人でなしなので、あまり犯人が誰であるか気に留める気持ちがなくなり、がんばって読み終えてもあまりよい感想を抱かないことがほとんどです。また、探偵側の正義ぶりが順当なものか、酌量の余地はないのか、ということに目が向いてしまうのもいけません。こんなことでは警察官はもとより、今後はじまる陪審員制度に呼ばれた日にはたいへんに非倫理的な判断を下してしまうような気がします。

さて、本作は裕福な家の老嬢(とはいってもまだ29歳)マーガレットが福祉事業の一環で女囚刑務所に慰問に行き、そこで霊媒師の娘シライナに出会って影響されていく物語です。これをお互いの日記形式、しかも逮捕されている霊媒師の娘は事件のきっかけとなる過程を日記で綴っているところがおもしろい。この手の手記ものにありがちな異常なほどの記憶力が発揮されて、エンターテインメントあふれる日記になっているのはご愛嬌。徐々にマーガレットがシライナの霊媒の力と人なりにのめりこんでいくところが見所。最後の見事な展開にはすがすがしく堪能いたしました。

霊媒という21世紀に生きるわたしたちにはあからさまに嘘であり詐欺の手段である職業が、いかに真実味に迫ってくるか。「いやー、それは別の人がやってるよね」ということも、信じてしまった人による日記という形を通すと「あれ、ほんとに霊の力なのかな?」と疑心暗鬼に陥ったりする。オレオレ詐欺なんて、と手際をおろそかにする人ほど、いざとなったときにだまされてしまったりする感覚に近いかもしれません。

年末の忙しさが一息ついたあたりで読むと、ロンドンの寒さが身にしみたりしてより実感がこもるかもしれません。大掃除をさぼっておくと女囚刑務所のきたならしさまで体験できて、よりリアルに。

2007年01月08日

チェスター・ハイムズ『イマベルへの愛』(ハヤカワ・ポケミス)

イマベルへの愛
イマベルへの愛
posted with amazlet on 07.01.08
チェスター・ハイムズ 尾坂 力
早川書房
売り上げランキング: 512048

今年はバカミス開眼、ということで副題「墓堀りジョーンズと棺桶エド・シリーズ」というホラーと見紛いそうなこの一冊。作者のチェスター・ハイムズはきくところによるとアメリカではぱっとせず、フランスに行って花開いたとか。

ジャクソンという霊柩車運転手はイマベルにぞっこんだったが、つまらない欲をかいたせいで会社の金を横領してしまう。取り返そうとするがむしろある金をギャンブルで失う始末。最後に頼ったのは双子の兄にして修道女(!)のゴールディのところだった。

とにかくゴールディがおいしいところを全部かっさらっていく。意味不明な聖書の文句を引用して相手を煙に巻きながら必要な情報を引き出していく手腕は、まだ人種差別が色濃く残る1950年代NYのハーレムで際立つ。中学時代に読んだ落合"ノビー"信彦曰く、ハーレムでは貧困がすさまじく、犬はもとより猫まで食べなければいけないほどで、当然観光客が足を踏み入れるような場所ではなかったらしい。本書でも差別を受けている黒人たちの白人への敵意や、雑踏の汚らしさが目立ち、アジアの屋台街のような活気はまったくうかがえない。人権やマナーなんてまったくゼロ。刑事ですら女子供を容赦なく全力でひっぱたき、必要とあれば法に触れることも平気でする。かといって、訳者解説によると昨今のHip Hopに見られるBボーイみたいに汚い言葉を連発するわけではないらしいというのもおもしろい。

事件が解決することの爽快感よりも、黒人社会の弱肉強食ぶりがなんとも痛ましい。仲間同士をかばうこともあるけれども、おおむね暴力と詐欺でなりたっている。そうしないと生きていけない社会のディストピアぶりにややしんなりしてしまいました。また、小説としてはいまひとつなものの展開が巧みなのは評価できます。しかしそれによって副題になっている墓堀りジョーンズと棺桶エドがさっぱり生きてこないのは、シリーズ1作目として仕方ないのかもしれません。

★★★

2007年01月14日

セバスチャン・ジャプリゾ『新車の中の女』(創元推理文庫)

新車の中の女
新車の中の女
posted with amazlet on 07.01.14
セバスチアン・ジャプリゾ 望月 芳郎
東京創元社
売り上げランキング: 314498

去年読んだけれども何も書いていなかったので、メモ程度に。

・ひでえw
・「それはない」の連続。登場人物にとっても、読者にとっても。
・追いつめられていく部分のきちがいぶりだけがリアル。
・小説はここまでひどいことができるからやめられない。
・万人が読んでぎゃふんと言えばいいと思います。

2007年02月12日

ジャクマール&セネカル『グリュン家の犯罪』(HPB)

グリュン家の犯罪 (1980年)
飛鳥 今日子
早川書房

装釘家の富豪宅で長男と同棲していた女性が家の前の川で遺体になって浮かぶが、見つけた人々が慌てた気持ちを落ち着かせるためにBarに行って一杯ひっかけているうちに消えてしまった。流れちまったんじゃないの?といぶかしんでいるところに呼ばれた警察。事情聴取のために装釘家宅に訪れると、川の中にあったはずの遺体がロビーで見つかる。

クリスティは全然読んだことないんですが、ラストにぞろぞろと登場人物をかきあつめて名探偵がずばりと真実を言い当てる仕組みくらいは知っている。本作はそれにのっとった手法で、アリバイをかきあつめるための会話に終始して、人物の個性が消えている。書き割りの個性に過ぎない。そこが読んでいて実に退屈でした。

しかし、その中でもおもしろさの予兆を感じさせたのが錬金術。え、本格ミステリで錬金術と驚かせる落差があるのですが、それでもラストにはほとんど関わってこず残念。装釘家が錬金術の真実を発見したことに絡んで殺人ということなら最高だったのですが、実に普通の代わり映えしない割には愚かしい動機だったことがますますげんなり。フランスミステリだからすてきなノワールを期待したわたしの思い違いでした。

2007年07月16日

ピーター・ディキンスン『封印の島』(論創社)

封印の島
封印の島
posted with amazlet on 07.07.16
ピーター ディキンスン Peter Dickinson 井伊 順彦
論創社 (2006/06)
売り上げランキング: 376492

めまい。ピブル警視シリーズに通底してあるのは(といっても訳された3冊しか読んでいませんが)ピブルの迷いと目眩で、マッチョだったり頭脳明晰な探偵だったらさらりと解決しそうな問題もなんだかややこしくなってしまう。別に判断力が欠如したぼんくらというわけではないが、徒手空拳で事件に臨み、結果事件は解決できても大きな犠牲を払うことになる。警視をやめさせられた後(『眠りと死は兄弟』『盃のなかのトカゲ』)だと警察の権威がないので仕方ないとも思いますが、警視の時代でさえこんなに頼りないものかと、読み終えた後もピブルさんのどことなく間の抜けた印象は変わりませんでした。

舞台はスコットランド地方のとある島で、宗教団体がとりしきっていた。ピブルの父親を蹴落としたノーベル賞受賞教授フランシス卿(92歳)からの呼び出しを受けて単身島に渡り着く。実はその手紙の主は自らの身の危険を察知してピブルの手を借りようとしたのだった。

なんたる傲慢なおっさんなのだろうか、この教授は。4時間ごとに昏迷してしまう病気にかかっているが、まっとうに起きていられる時間帯ですらピブルをこわっぱ扱いし、決して他人に頭を下げようとしない。ピブルの父親は教授の研究に深く関わっていたが、教授の一存で遠ざけられ研究の栄光にあずかることができなかったらしい。漠然とした父と教授の関係をピブルは問いただそうとしますが、年老いてひねくれすぎた教授は自らの保身ばかりを気にしているのでした。このあたりの読者が受けるイライラ感は相当のもの。

また、まっとうに頭脳が働く人物はピブル側にはほとんどおらず、ゲール語しか話せない女性や、分裂症をきたしている女性信徒、アル中の愛人など、将棋でいったら歩と王様しかいないような布陣。一方宗教団体側は教授の版権などを狙ってヘリコプターを飛ばすこともできるし、信徒たちを厳しく調教してピブルたちの企みを阻止しようとする。彼らを迎え撃つピブルの弱々しさは必見です。それでいて微妙にイヤミなピブルが好きでたまらない。ふしぎなものです。

2008年01月14日

アンドニス・サマラキス『きず』(創元推理文庫)

きず (創元推理文庫)
きず (創元推理文庫)
posted with amazlet on 08.01.14
アンドニス サマラキス 小池 滋
東京創元社 (1987/10)
売り上げランキング: 620607

先日会社の近くでサンリオSFを3冊300円(そんなにレアではないものですが、わたしは所有してなかった)で拾ってしまったときに、いっしょに買ったもの。ギリシアのミステリという異国感と、キリコの表紙、拾い読みしたときに目にとまった不条理な逮捕劇にカフカぽさを感じたため、ただならないものを感じたのです。

足を踏まれた男が特高警察に反政府分子と疑われて逮捕されるところから始まりますが、本書の特徴的なところは逮捕して護送する男と逮捕された男がそれぞれ一人称で語り、かつ合間に三人称の観察的な視点が混じるところです。将棋にたとえると先手と後手の視点で勝ちを目指す視点を互いに見つつも、第三者的に傍観の視点も得られる着眼点がおもしろいと思いました。わたしの貧弱な経験ではミステリというとどうしても犯人を捜したり犯人の立場になってどう逃げるかというどちらか一点の視点しか保ち得ず、どんな結果を迎えても結局は作者の導きたかった結果が読んでいる途中からうすうす分かってしまうものが多いように感じていました。わたしはもっとその関係性を互いの視点から同じくらいの密度で追って欲しいという、バランスのとれた視点を作者に求めてしまう傾向があるため、どうしても一方からの視点に限定されがちなミステリは苦手でした。しかし、本書のバランス感覚、最後まで結末が分からないように仕込まれた語り口は非常にすばらしいと感じます。本来なら敵味方と単純に分かれがちな警察と被疑者の関係も、なんだか妙に仲良くなっちゃったりするところもおもしろい。

ギリシアというと、読書会のネタにもなったパノス・カルジネス『石の葬式』がまっさきに思い出されます。これといった共通点はありませんが、文化発祥の国らしい一筋縄ではいかないひねり、意外なおもしろさがあるという印象を受けました。他にもギリシアの現代小説があったらぜひ手に取ってみたい、と思わされる佳作です。

2008年06月17日

松本清張『砂の器』(新潮文庫)

砂の器〈上〉 (新潮文庫)
松本 清張
新潮社
売り上げランキング: 52302
砂の器〈下〉 (新潮文庫)
松本 清張
新潮社
売り上げランキング: 51796

作中で誰が死のうと解決されようとどうでもいい、そんな風に冷めた眼でミステリを見ていた時期がわたしにもありました。人が死んで、誰かが解決して、終了。そういうパターンが見えている小説をわざわざ時間をかけて読む必要が感じられなかった。しかし、本書はちがいます。確かに人が死んで刑事が事件を解決するのだが、ひとりひとりにきちんとした背景があり、キャラクターが接触していくことで物語が進んでいく。ちょっと時代小説的な泣かせや古さもあるけれど、本書がていねいに描いていく人物の魅力は文学と言ってもいいのではないか。

あらすじはドラマや映画でさんざん放送されているらしいので省きますが、主人公の今西と若手の吉村が良い感じのコンビ。年齢は離れていてもお互いを適度な距離感で尊敬しており、解決する側に強く共感できる。いっぽうで、芸術家たちは鼻持ちならない性格だけれども、彼らなりに這い上がってきた過去に戻るまいとするプライドがあり、こちらも世間の波に呑まれずにがんばってほしいと応援したくなる。

それにしても最後のエレクトリックなオチにはかなり驚いた。当時としては斬新さを狙ったのだろうが、これはギャフンと言うべきではなかろうか。それまでがかなり正統派な流れだったので、こんな仕掛けがあるとは思いつきませんでした。それにしてもタイトルの『砂の器』の意味がよく分かりません。誰かTELL ME。

とはいえ、まだまだミステリのおもしろさに鈍感なのも事実なので、ちょっとミステリも強化してみたいと思います。と、そんなところにちょうど良い本が現れた! 『クラシック・ミステリのススメ』を某牧人さんから購入しました。B4の大きなサイズで翻訳ミステリの名作・迷作がたくさん紹介されており、読む気にさせるレビューが盛りだくさん。

2008年07月26日

ルイス・フェルナンド・ヴェリッシモ『ボルヘスと不死のオランウータン』(扶桑社ミステリー)

ボルヘスと不死のオランウータン (扶桑社ミステリー ウ 31-1) (扶桑社ミステリー ウ 31-1)
ルイス・フェルナンド・ヴェリッシモ
扶桑社
売り上げランキング: 19414

ボルヘスがミステリの主人公になると聞いたとき、「博識のボルヘスが書斎からずばりずばりと難問を解決していく」か、あの『ドン・イシドロ・パロディ 六つの難事件』ばりの煙を煙で巻くような「よく分からないけどそれで解決ならよかったですね」になるかのどちらかしかないと思った。前者ならばボルヘスのおもしろさに目覚めたミステリ者たちがこぞって国書の「バベルの図書館」シリーズがざくざく買われちゃうかもしれないな、まずいな、なんてずいぶん遠いところまでそろばんをはじいてみましたが、それは杞憂のようです。どう見ても本書は後者の「よく分からないけどそれで解決ならよかったですね」パターンだからだ。それまで問題の解決口がほとんど見られず盛り上がりらしい盛り上がりはほとんどないといっていいいだろう。

しかし、ボルヘスとクトゥルフという驚異のタッグマッチを成し遂げたところに本書最大の功績を与えるべきだろう。「全日のリングに猪木があがる」「Jリーグでジダンがプレイする」そのくらいこの取り組みにはわくわくできる響きがある。ちなみに本物のボルヘスもクトゥルフ神話には興味を持っていたらしく、代表作「アレフ」はラブクラフトが喜びそうな話。ある男の地下室に「地球上のすべての場所が、混乱することも融け合うこともなく、それぞれの形状をはっきり保ちながら凝集している場所」があるのでほいほい入っていくというもの。

ポーの研究会に集まるボルヘス他の研究者たちがその場で起こった殺人事件に出くわすというのが本書の舞台で、若いときにボルヘスの翻訳を手がけた(余計な改訳をしてこっぴどく嫌われた)初老の文学者による一人称視点の小説という形式をとっている。しかも彼は殺人事件の第一発見者で、当時の状況を「そういえばああだった」「ちがった、実はこうだった」とどんどん証言を変えて警官をむかつかせ、一方ボルヘスは新しい証言にどんどん新解釈を連ねて悦に入っている。この対比がよかったです。死体の置かれた状況が鏡に映って「X」の形だった、いや「W」にも見える、つまり「W」とはポー的にはこういう解釈だったのだよ! と無邪気に戯れるおっさんたちが微笑ましい。

不死のオランウータンもいたねそういえば。ともあれ本書を読む前にちくま文庫の『ボルヘスとわたし』か岩波文庫の『伝奇集』のどちらかでボルヘスに触れておくことをおすすめします。

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