アンリ・カルティエ=ブレッソン『こころの眼 写真をめぐるエセー』(岩波書店)
岩波書店
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先日ポートレート集を見て興味をもったアンリ・カルティエ=ブレッソンのエセー。ちなみに仏教徒らしい。彼の写真は白黒で、自らそれを「墨を使ったスケッチブック」だとしている。写真とは「世界を理解するための、ほかの視覚的表現と切り離すことの出来ない手段」としている。ここでわたしははっと思い当たった。わたしには世界を理解しようという気持ちがないことに気づいたのです。彼の写真は刻々変化する現実が幾何学的で、数学的な美しさをとらえている。混沌をそのままにしておかない。混沌の一瞬をミクロの視点で見つめる。そこがわたしとはちがっていておもしろいと思ったところでした。
わたしは他人の写真を撮ることにとても抵抗があって、何気ない街のスナップでも前から人が歩いてくると「あ、写したら個人情報保護法的に悪いかな?」と躊躇してしまい、結果その気持ちが歩いてくる人にも伝わってしかめ面をつくらせてしまったことがたびたびある。レンズを通した他人との距離感の取り方がとても下手なのだ。見知らぬ人ともべらべらしゃべれるので社交的と思われることもあるが、他人を自然に撮影できるかどうかが実は人見知りの境目なんではないかと思うのです。そのあたり、著者は思索を続けながらもひらりと乗り越えて見せてくれる。
それがたとえ静物であっても、被写体には忍び足で近づかなければならない。相手に悟られないように何食わぬそぶりで、目を光らせる。慌ててはいけない。釣り糸をたれる前に水面を叩く物はいない。いうまでもないが、そこがたとえ暗がりであっても、フラッシュ撮影をしてはならない。それは自然光への敬意でもある。(中略)たった一言が相手を緊張させ、すべてを台無しにする。ひとたび不安をおぼえた被写体の本質は、もうレンズが届かないところにある。
釣り糸を〜というところが実に良い感触。写真を撮るというのは現実に釣り糸をたれることで、写真という獲物を釣り上げることなのだと考えると、魚に向かって「釣ってもいいですか?」とあからさまに聞くのはダメだよな。そりゃ魚としては釣られなくないよ。平静に世界にむかって釣り糸をたれるところから始めなきゃ、と30歳をだいぶ過ぎた今更になって気づかせてくれた素敵な一冊。後半の有名人を紹介するという言葉によるポートレートも刺激的です。
