矢作俊彦『ららら科学の子』(文藝春秋)
おもしろかった! と素直に言えない要素があるものの、全体としてとても爽快感があり、銃や探偵が出てこないハードボイルドとして、実に斬新な視点でかつ飽きさせない文章のスピードで珍しく一気に読み終えてしまいました。
学生運動華やかなりし頃、一人の学生がふとした拍子におたずねものになり、思想的な背景もあって中国へ高飛び。そこでは革命思想を学ぶ代わりに田舎に連れて行かれて30年以上百姓として貧しい生活を送る羽目になってしまう。しかし妻が都会へ出稼ぎに行ったことをきっかけに、日本へ戻る決意をし、密入国したところから物語は始まります。中国の田舎にはテレビが村に一台だけあったとはいえ、30年の間の世の中の出来事からすっぱり隔絶されていたウラシマ状態で戻ってきた彼に、昔の旧友が世話を焼いてくれるのでした。唯一の気がかりだった妹の消息を尋ねることになります。
妹との思い出や、彼女の現在との関係には泣かされました。ともあれば消息不明になった兄を疎んでいてもおかしくないのに、妹は今でも兄の記憶を大切にしている。また、兄も妹ほどではないけれども、両親よりも気遣っていた気持ちが写真屋の前で表れたところはぼろぼろ泣きました。現実なら「いまさら金目当てに帰ってきたなんて!」と拒絶されそうなものですが、そこはきちんと説得力のある文章でぐいぐい読まされます。
主人公が失踪した当時の話題がそこここに挿み込まれることで、現代史、また中国の一般人の生活についても勉強になってしまうお得な一冊。それほど勉強しているわけではありませんが、中国の文化大革命という壮大な人間による実験には大変興味があるので、そちらの側も楽しめて一粒で二度美味しかったです。でもこれを楽しく読めるのはおっさんかも……。ちょこちょこ挿まれるSFガジェット(「スターシップ・トゥルーパーズ」や『猫のゆりかご』など)もファンにはたまらないはず。
とはいえ、妹の件は流して終わったし、女子高生は結局なんだったのか分からないしで、小説として絶賛するというわけにはいかないのも事実。ちょっと読書スランプ中なんて時に、肩が凝らないけど無駄にならない読書として有効ではないでしょうか。

