川北 稔
岩波書店 (1996/07)
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偶然100円で出会った本が実はとんでもない名著だったりすることがある。そういうときに古本を狙っていてよかったと思うし、おもしろい本というのは決して新刊だけにあるわけではないとも実感する。
本書が出た岩波ジュニア新書は意外な名著の宝庫でもある。先日亡くなられた名書評家の狐こと山村修氏の『"狐”が選んだ入門書』でも歴史系の入門書として2冊の岩波ジュニア新書が取り上げられているように、ことさら歴史マニアでもなければこの出版社は狙い所だ。下手に歴史に詳しい著者だとバランス感覚を欠いて、読者の望んでいる情報を書き漏らして自分の書きたいことだけが(興味のない読者にとっては)だらだらと続いているだけかもしれない。しかし、このシリーズは中高生向けということもあり、何よりもバランス感覚が重視され、それは人が歴史というものが現在につながっていることをきちんと意識させるように書かれているということだから、誰が読んでも「得した読書」になるように書かれている。
本書は砂糖が世界史にどう関わってきたかという観点から書かれており、それには黒人奴隷とプランテーションが大きな役割を果たしていることが中心になっている。アフリカから奴隷という労働力をアメリカに運び、アメリカからは綿や砂糖など原料系がヨーロッパに輸入され、ヨーロッパから銃や綿織物など加工されたものがアフリカに輸出される、いわゆる三角貿易を詳しく解説しています。
また、砂糖がヨーロッパで果たした役割についても知っているようで改めて気づいたこともたくさんありました。熱帯でないとできない砂糖は大変高価で、当時の貴族たちに重宝され、やがてお茶やコーヒー、カカオと組み合わされてチョコレートにされるなど、新しい味覚をヨーロッパにもたらすことになります。お茶やコーヒーは人々がこぞって求めるあまり、コーヒーハウスやイギリスの紅茶文化など、人と人が飲食物を介して意見を交換する場の形成にまで至ることになるのがおもしろい。やっぱりおいしいものはコミュニケーションに欠かせません。そののち、植物の改良などができるようになると、植民地のないロシアやドイツ(プロイセン)ではビート大根から砂糖を作るようになり、やがてそれが奴隷によるさとうきびからの生産を追い抜いてしまったのもおもしろい。寒いところの人を暖めるにはウォッカだけではダメで、糖分によって活力を得ていたのだろうと思うとおもしろい。日本でも東北や北関東は醤油と砂糖でほとんどのものが味つけられるように、寒いところでは砂糖がごちそうというのは万国共通なのです。
背表紙には「世界史Aを学ぶ人は必読」なんてありますが、砂糖の恩恵にあやかっている現代人必読の書であります。我々がいかに食文化を発達させてきて、それが意外にも歴史の表舞台にも大きく影響を与えてきたことが分かります。そして、現代では砂糖があまり重宝されておらず、砂糖に変わって甘みをもっていてもカロリーにならない人工甘味料が重視されていくだろうとしめくくっています。ここはわたしには反対で、正しいシャンパンを作るには補糖といって砂糖を追加することは欠かせませんし、料理にだって砂糖でなければ出せない独特のうまみがあります。従来のように歴史を変えるほどの大きな力は持ち得ないかもしれませんが、これまでの歴史にないほど食文化が重視されている現代だからこそ欠かせない。砂糖はいつまでも「さしすせそ」の頂点であり続けることでしょう。