池波正太郎『剣客商売 辻斬り』(新潮文庫)
雨が降る直前などにはカフカのような不条理ながらも理屈っぽい話を読んでいても楽しくないので、からりと気分を変えるために池波正太郎のような爽快で明快なものを読む。『鬼平犯科帳』シリーズは学生時代に全部読んだが、全部読んだという以上のものでもなく、落研での知識に多少役立った程度の感想しかなかった。
改めて池波正太郎を読んでみると新しい発見がある。特に江戸の食文化。蛤や浅利は東京湾で取れるもので、鴨などもよく食べられていたようだ。主人公の若い嫁が鴨飯を作っていて、ぜひとも自分でも作り食べたくなってくる(脂身と醤油を使うのでややしつこそうだが)。また、文章の組み立てはすごくうまい。
(もしや……?)
と浅茅ヶ原の方へまわってみると、
(いた!!)
のである。
期待と発見を4行にまとめ、読者と主人公の位置を合わせる。本当は、作中で発見した小兵衛はエクスクラメーションマーク二つも驚いたりはしなかったろう。しかし、そこは作者がわたしたちに合わせてエクスクラメーションマークを二つ置いたのである。強調のうまさは時代劇ならではだと感心した。
さて、話の中身だが、60歳の引退した剣の達人秋山小兵衛が息子や間者の弥七を手下に使い、公にはならない事件を解決する。一見、人情味あふれる采配が魅力だが、その実60にもなって20前後の村娘から言い寄られ、さらに20歳になったばかりの女性剣士にまで惚れられる、あまつさえ誰もかなわないほどの剣の使い手とくる。初老の全能妄想爆発どかーん。時代劇なのだから主人公は万能であるのは当然という考え方もあろうが、『三国志』『水滸伝』などでは武力は武人、知力は軍師が担当して、覇権を得た曹操さえもすぐに命を終えてしまうように、それぞれの長所と弱点があり、人であるにもかかわらず全知全能の神がまぎれていたりはしない。
しかるに見よ! 『デルフィニア戦記』王女様やら本作の秋山小兵衛などのスター食いすぎて無敵が解けなくなった主人公たちを。スーパーマリオで最初から最後まで全部無敵で左から右へスクロールさせるだけがおもしろいか? ファミコンウォーズで歩兵が戦艦沈ませて楽しいか? キャラクターには特徴があり、それを生かした物語こそが名作となる。決して本作がつまらないわけではない、しかしそれは秋山小兵衛が無敵であり完璧な包囲網を持っていることを知らない間だけだ。その後はひたすら無敵になったキャラクターでゲームを支配する強さ故の虚無を味わうことになる。従って、本シリーズは忘れた頃に1冊だけ読み、爽快感だけ味わったらしばらく遠ざけておくのが正しい。これに浸るのは一種の麻薬であり退廃だ。
