メイン

料理 アーカイブ

2006年11月05日

S・ラウス/J・ラウス編『レオナルド・ダ・ヴィンチの空想厨房』(東京書籍)

レオナルド・ダ・ヴィンチの空想厨房
S. ラウス J. ラウス 佐竹 淳
東京図書

料理をしていると、発想の貧困なわたしでさえ、「これとこれを混ぜたらどんな味がするだろう?」という疑問にかられて実行に移してしまうことがある。その最たるものがインドカレー。たまねぎを炒めてトマトと水を投入したら、そこからはアドリブの世界。どんなスパイスを入れてもいいわけで、凝りに凝ってたくさんのスパイスでカオス状態を作り上げるもよし、最小限のスパイス(ターメリック、コリアンダー、塩、チリは欠かせないだろう)に抑えるもよし。そう見ると本当にジャズの世界に似ていて、ビッグバンドで大きな音と調和を楽しむのと、3ピースバンドの一体感を楽しむ、それぞれの方向性に似ているかもしれない。

アドリブといえば元祖天才アドリブ師と言えるであろう、レオナルド・ダ・ヴィンチ。昨今は『ダ・ヴィンチ・コード』で一躍話題になりましたが、肝心のダ・ヴィンチ自身についてはいろんな発明をしたことくらいしか知りませんでした。そんな彼が若かりし頃は厨房に入って料理にまつわる発明をし、実際に料理も作っていたという業績をたどるのが本書。

なんといってもカエルを水の入った樽から取り除く装置が秀逸。カエルが樽に入らなくなるまでハンマーで頭を叩く装置なのです。そこまでしなくても。イラストを見ると、ハンマーといっても打つ面にはカエルを叩く程度の面積しかない。これをきっちり当てるには捕まえたカエルをしっかり固定する必要がありそうで、そんなことするなら人力でやった方が早そうなものです。効率性よりも発明の面白さ、優雅さが優先されるところが時代のおおらかさを感じさせます。

もちろん、まだトマトもジャガイモも入っていない頃のヨーロッパ料理ですから、ハーブに頼った料理の数々はそれほどおいしくなさそうですし、中には明らかに食べられないレベルの料理も多数。しかしそれもダ・ヴィンチの発想の賜物として紹介されています。天才が食事にかかわずらうさまというのは、「寝食を忘れて打ち込む」という言葉がある通りちょっと違和感もありますが、人の根幹を養うものでありますから、そこをないがしろにしなかったダ・ヴィンチの先見にただ感心すべきなのでしょう。

続きを読む "S・ラウス/J・ラウス編『レオナルド・ダ・ヴィンチの空想厨房』(東京書籍)" »

2006年11月19日

『亡命ロシア料理』精読1

亡命ロシア料理
亡命ロシア料理
posted with amazlet on 06.11.19
P・ワイリ A・ゲニス 沼野 充義
未知谷
売り上げランキング: 329650

P・ワイリ/A・ゲニスの二人はロシアに生まれるも、訳者にも分からない理由で亡命することとなり、本書をニューヨークに移住してから執筆しました。この二人のプロフィールについてはともかく、本書がいかにすばらしいか、これから不定期ながら回を重ねることによって、ロシア料理の深淵をのぞきこみ、ともに味わおうというこころみです。

本書のすばらしさはどれほど執筆しようとも、「一読に如かず」の一言で解決されてしまいます。しかし、未知谷という比較的メジャーではない出版社から出ており、出版からかなり時間がたっているために一般の書店では取り寄せになってしまうことでしょう。それでもこの本は来るべき冬に向けて、まちがいなく手に取るべき一冊であります。ロシアという広大でヨーロッパとアジアを含む雄大な土地に根付いた料理について、箴言と皮肉をスパイスに海を渡った二人が故郷への愛憎を含ませて描く料理の数々。ウォッカを呑めずキャビアなど片手の指より少ない経験しかないわたしでも、この本を読むだけで冬が越せるのではないかと文章から暖かみが感じられる稀代の名著であります。マッチ売りの少女も本書さえあればマッチをすらずとも湯気を立てるボルシチや芯から暖まるウォッカを夢に見ることができたのではないでしょうか。飲酒制限はともかく。

できることなら本書のすべてを書き写したい。しかしそういうわけにもいきません。そのためできる限り本書の料理を再現し、本書のすばらしさを訴えていきたい。なんといってもこの本にはロシアの魂があるのですから。

食卓の用意のできたテーブルをじっと見つめれば、すぐにわかるはず。そこにあるのは、ロシアの食べ物だけではない。そこに見つかるのは、ロシアの魂なのだから。

2007年01月02日

志村志保子『女の子の食卓 2』(集英社リボンマスコットコミックス)

女の子の食卓 2 (2)
女の子の食卓 2 (2)
posted with amazlet on 07.01.02
志村 志保子
集英社
売り上げランキング: 47208

1巻から続く「女の子の食卓」シリーズの他に、読み切りの「犬」を収録。本編とは関係ないけれど、入手にすごく時間がかかった。発売から1ヵ月後には都内の大きな書店から姿を消していて、半年後にようやくamazonで発見。人気がないわけじゃないと思うんだけどなー。

男性よりも女性の方が、食べ物については小さいころから興味を持っている。男なんて家で出てくる食べ物を何の疑いもなく口にするのがほとんどなのに、女の子は手伝いなどから食べ物というのが自分にとって必要不可欠であることをきちんと理解している。だからタイトルも『男の子の食卓』というと、本書に収録されている「料理教室のじゃがいものニョッキ」の藤間宅のようにコロッケどーん、たくあんどーん、餃子どーん、と出てきて、

お兄ちゃん達がいるから 見栄えより量命なんだよねえ

ということになる。そんな現実から抜け出したくて、藤間さんちのマチちゃんは料理教室に通おうとするお話。

今回気づいたのは、志村志保子の人物像がすべてお人形ぽい理由としてままごとを意識しているのかもしれないということ。一過性の遊びであるままごとは、泥団子やプラスチックの道具を使い、たいていテーマは料理であることが多い。このまんがでも料理という日常を扱いながらどこか非日常的な距離感を感じるのは、ままごとの世界観が採用されているせいだ。

でも、どの作品に出てくる料理もおいしそうなんだけど、情念がたっぷり染み込んだ味で、食べることによって何かを背負ってしまいそうなんだな。絵柄も描いてることもまったくちがうけれども、内田春菊と同じ情念を感じます。しかし、レストランでお金を払って食べる料理にはない、作る者と食べる者のたくさんのやりとりがあることを教えてくれるので、むしろ男子諸君こそ読むべきまんがだと思います。

読み切りの「犬」の方は、ペット飼いには肩身の狭い話。猫毛だらけで電車に乗ってすいませんすいません。他の短編より長いせいか、人物がちょっと執念深いせいで犬を媒介として奇妙な関係ができる話。わたしも猫がどこかに行って戻ってこない可能性を常に抱えながらいっしょに暮らしているので、少し身につまされた。まだ死があまり身近に感じられない子供のころに2回の死に立ち会い、生き物があんがいしぶとく、あんがいあっさりいなくなることも分かっている。それを立ち直れないほど最悪の事態と受け止めるのも、食いものにするのも人なのだなあ、と無常観に浸れる作品でした。

★★★★

2007年04月14日

ジェフリー・スタインガーデン『やっぱり美味しいものが好き』(文春文庫)

やっぱり美味しいものが好き
ジェフリー スタインガーテン Jeffrey Steingarten 野中 邦子
文藝春秋 (2005/03)
売り上げランキング: 74254

周囲を海に囲まれて豊かな四季が繰り広げられる日本では、山海の美味が太古の昔から豊富に採れました。中でも多くの素材を生で食する習慣は、衛生観念が発達し、国土が小さいからこそ輸送にもそれほど時間をかけずに鮮度を生かすことができたから生まれたものでしょう。そんな美味しいものに恵まれた日本と対極的なのが、揚げたジャガイモと魚しかないイギリスや、なんでも大味にしてしまうアメリカ。「アメリカ人は味蕾が発達していないからまずいものでも平気なのだ」という恐ろしい言い伝えさえあります。本書はそんなアメリカ人の一人でありながら弁護士をやめて『ヴォーグ』のフードライターになった著者による、全国(この場合は世界中を指す)うまいものオリンピックみたいなエッセイ集です。

よく料理のおいしさを表すのに、見て、触って、においをかいで、味わうなど五感を使って楽しむように言われていますが、ここには最大の楽しみが抜けています。それは料理を作るということ。たまに自炊した人が自分の料理をうまいと思うように、おいしい料理に必要なのは空腹とともに、自分で手をかけたという特別な感じが大切です。本書の場合、フランスに飛んで豚から血を抜いて血入りソーセージを作り、テキサスの南から船に乗って船酔いにくたばりながらウニを手に入れたり、築地でマグロを食してからアメリカに戻ってマグロ釣り漁船に乗り込んだり、も一度フランスに戻ってバゲットの品評会で100種類ものパンを食べ尽くしたりと、世界のあらゆるところでおいしいものを探し当てます。それは日本人のまじめなストイックさよりも、「楽しくおいしいものを食べたい」というあっけらかんとした欲望。どうしても日本人がおいしいものを突き詰めると額にしわを寄せて厨房の若造をどなりつけながらうまいのかどうか分からない顔をしながら食べるか、話題のレストランのおいしさを金にあかせてとうとうと見せびらかすような記事ばかりです。しかし、これらの文章では料理をする喜びをあまり見いだすことができません。メシは他人に出してもらうもの、というお客意識をなくして、おいしいものは作って食べようとする本書の姿勢はアメリカ人とあなどることなく見習うべきなのです。

とはいっても、家に14台のエスプレッソマシンを揃えたり、常においしい塩の小箱を持ち歩いて料理にそっとかけたりする姿は業の深さを感じさせます。

なかでも最高にわたしの料理欲を刺激したのが、「国境の南——タコスの誘惑」という章。日本では辛くて味気ない料理に思われている(わたしだけ?)メキシコ料理のイメージががらりと変わることうけあい。

耳に残るはあの波の音——メキシコのバハカリフォルニア州、ロサリトのビーチに打ち寄せる太平洋の波の音だ。私はマンハッタンのキッチンに立って、あの完璧なタコスを再現しようとしている。すきとおったトルティージャに包まれたジューシーなカルネ・アサーダ——こんがりと焼いたビーフの塊。バハカリフォルニアでは珍しくもないごちそうだが、ロサリトビーチにあるタコス・スタンド、タコス・エル・ヤキのカルネ・アサーダはそんじょそこらの焼肉とはちょっとちがう。肉だけではない。添えてあるサルサ・ランチュラ(新鮮なタマネギ、トマト、コリアンダーをこまかく刻んであえたソース)、サルサ・ロハ(手作りの辛い赤トウガラシ・ソース)、それにガカモーレの液体バージョンともいうべき、なめらかな食感の色鮮やかなアボカドピュレもこの店ならではの味だ。ピントビーンズは好みで入れられ、もう少し金を出せば、溶けたチーズも加えられる。サイドオーダーには、じっくり焼いたハラペーニョペッパーもある。やがて、注文したタコス・コン・カルネ・アサーダができあがり、本物の陶器の皿に乗せて手渡される。トルティージャの包みをちょっと開けて、半分に切ったライムを絞り、すぐに包みなおし、大口をあけてかぶりつく。そのとたん、なんともいえない美味の世界に陶然となる。
いちばん厄介なのはトルティージャを焼くことだ。ここニューヨークでは、朝が来るたびに思いもよらないしくじりがいったい何度くりかえされたことか。だが、ロサリト近郊の小さなキッチンでは、一人の女性が最高のトルティージャ——私がこれまで食べたなかでいちばん旨い——を毎朝、三百枚から五百枚も焼いていたのだ。その女性は最初のうち、頑として私に会おうとしなかった。

引用した文章は、料理に興味がない人にとってはわけのわからないスペイン語の羅列にしか見えないかもしれません。わたしにもどんな料理かほとんど分からない。それでもなんだか分からないがとにかくうまそうなパワーがあり、誰も知らないところでひっそりと最高の料理を作るおばさんが毎日うまいものを作ってるという掘り当てた喜びがあるではありませんか。この後、著者は劉備並みの三顧の礼を持って嘘つきトルティージャおばさんに合い、最高のレシピを全人類に向かって公開することになるのです。

単にうまいものを作るだけではなく、食品に含まれる成分にも気を配っています。「ソルト・シック——塩がおしゃれ」では世界の各地からおいしいと言われる塩を取り寄せ(その中には東京は大島の「ブルーレーベル」という会員にならないと買えないという塩も含まれる)、それぞれを料理関係者に味見してもらったり、ミネラルの含有量を調べたりと、子供の頃に夢みた科学の実験のおもしろさを地でいくところが楽しい。そしてアメリカにもいわゆる「あるある」的番組があり、そこで紹介された商品が売れるというのは日米ともに踊らされる人々の経済効果によってもうけている人がいるのだなあ、と無意味な詠嘆にかられます。

『60ミニッツ』でフランス人は赤ワインを呑むから心臓病が少ないのだと報じられた翌日、アメリカでは赤ワインの売り上げが倍増した。めだちたがりの学者が、ブロッコリにはがん予防の効果があるとテレビでしゃべったために突然、ブロッコリが万病に効く薬になった。一か月もすると、オートミールがブロッコリにとってかわった。そのうち、神の手で作られた食材のすべてにスポットライトが当たるにちがいない。そうなって初めて、いろいろなものを少しずつ偏りなく食べるという本来のまっとうな食生活に戻れるのだろう。

ともあれ、未知の食べ物に抱くおいしさの希望、身近な食べ物の新しい一面を感じられる、優れた本であると共に、著者の地獄に堕ちるに違いない食への欲求に感嘆できる素敵な一冊です。雑学でありながら、その過程を述べていくことで食べることの楽しさを追求する本書、日本人という恵まれた食環境にいるからこそ、それを見直すためにも多くの人に読んでいただきたい。

2007年07月08日

金子ひろみ『酢てきなごちそう』(集英社)

酢てきなごちそう
酢てきなごちそう
posted with amazlet on 07.07.08
金子 ひろみ
集英社 (2005/04)
売り上げランキング: 310658

単に酢を使った料理を紹介するだけでなく、イタリアでの酢の使われ方やミツカン工場の見学、伊達公子との酢をめぐる対談など、さすが大きな出版社は金のかけ方がちがうな、と思い知らされる一冊。某いったんつぶれかけた料理系出版社ではカラー20ページ程度でイタリア取材は無理だろう。

イタリア編ではシェフに文句を言われながらもピザにまで酢をかけて食べる著者の姿勢にちょっとおそろしいものを感じた。お酢教。そういう本だから仕方ないのだが、ちょっと強引ではないか。また、イタリアでも寿司ブームが起きているそうだが、いかにも京樽なサラダ巻きはともかく、冷凍寿司なるものまであるとは驚愕・戦慄。美味しいものばかり食べていると思っていたが、案外イタリア人の舌というのは信用ならないんではないか。トマトに飽きると何でもいいのか。

とはいえ、イタリアの市場の写真が多めなのはうれしい。海外の市場の写真は大好き。見ただけで料理欲が刺激される。手間暇かかった料理の写真は味の想像がつかないのでうまそうともまずそうとも思わないが、色とりどりの原材料を見るとそこからどういう味が引き出せるのか挑戦したくなるのだ。

レシピ編では米酢はもとより白ワインビネガーやバルサミコ、りんご酢まで使ったレシピが掲載。ハンバーグなどひき肉を捏ねる料理に酢を入れるというのは試してみたい。特に豚ひき肉のような脂身の多い場合には有効そうだ。また、中華からラズベリーまで多様なドレッシングのレシピも参考になる。ドレッシングはどうしてもうまくできないもののひとつで、やはりきちんと計測することとミキサーを使ってしっかり混ぜることが大切だと認識。ちなみにサラダをおいしくするには大きなボウルに野菜をいれてしっかり絡ませることだと最近気づきました。

暑い季節を前に、お酢で夏バテしないようにこころがける殊勝な方にはよろしいのではないでしょうか。わたしとしては参考程度に聞いておきたい。今日はピクルスも作ったし酢の物は大好きだけど、食卓すべてがお酢の味なんてわたしはやだなあ。

About 料理

ブログ「うぽれけにっき」のカテゴリ「料理」に投稿されたすべてのエントリーのアーカイブのページです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

前のカテゴリはラテンアメリカです。

次のカテゴリは日本文化です。