ブレッド・ミラノ『ビニール・ジャンキーズ』(河出書房新社)
河出書房新社
売り上げランキング: 74,866
わたしの知人には「古本者」と呼ばれる人たちがいる。その人々は「古本組」として時に徒党を組み、古本市を荒らすとのことで出入り禁止になった古書店も少なくない。基本戦術は一人がスクリーナーとなり、その間に棚からめぼしいものを抜き取るとか、人と棚の間にうまくペネトレイト、持ってる本でもだぶって買うことによって他の人の買い物をブロックしたりと、NBA選手並なのだ。
※ただいまの表現には誇張がありましたことをお詫びします。
『ビニール・ジャンキーズ』に出てくる人たちもそう変わらない。いや、むしろもっとすごい。ここではとにかくありとあらゆる手段を用いて自分のほしいレコードをかき集める。中古レコード店のないところにはハネムーンですら立ち寄らず、ついにはブルーズのレコードを求めて南部の黒人の家を一軒ずつ回るくらい。
まずは1章。筆者と仲間のビニール・ジャンキーズがすごい装置でビートルズのモノラル(市販されているのは左右に強制的に分けられたステレオ)、初回プレスの「サージェント・ペパーズ」、サッチモなどを経て、最後にかかる曲は「スキタイ人は恐ろしい異教徒だぞ!」という言葉と共にプロコフィエフ「スキタイ人組曲」が大音量でかかる。「これだ! これこそヘヴィメタルだ!」とトリップし、「スキタイ人はいい、何回聞いてもまた聞きたい」という名言で、ビニール・ジャンキーズのカーテンが開く。
他にも「レコードでいっぱいの部屋の真下で寝てるから、みんなに、夜中に天井が陥没したら下敷きになるぞと言われてる。それで思ったんだ。たしかにそうだけど、それこそいい死に方じゃないかって」とか、「すくなくともレコード・コレクターは、スター・トレック・マニアよりはましだ」なんて名言がごろごろしているし、音楽の情報としても(マニアックすぎて実際には役に立たないこともあるが)かなりトリビアルで読む価値あり。
そんな中でも白眉は「9章 珍品レコードのコレクター」。いきなりうさぎがシングル両面でずっと悲鳴をあげつづけるレコードをご紹介。「もしかしたらヨーコ・オノの音楽活動はこれに影響を受けたのかもしれない」にはじまり、リステリンについて熱く歌い上げるレコード、腹話術師がヘリウム声で聖書を歌い上げたりするヘンテコなレコードばかりの収集家がいるんだそうな。あまりにもばかばかしいから、誰かが集めないとただのゴミになってしまうことが集める動機なんだそうだ。
ここを読んでわたしははっとした。誤解を招くおそれがある言い方だけど、SFもラノベ(=ラテンアメリカ文学)もわたしはばかばかしいと思わないが、おそらく集めてる人は日本でもそれほどいないだろう。そしてそれらには価値があるとわたしは信じている。わたしの場合はコレクターというよりも変なものが好きなだけだろうけど、ヒットチャートの上位や何万部の売り上げに達しないものでもいいものは必ずあり、そういうものは誰かが応援しないとやがては永久に失われてしまう。だけど、多くの人にとってそれはうさぎの声だけのレコードとは言わないまでも、シリコンの長所について6分間歌い上げるレコードと大差ないのかもしれない。
この本はワインバーグ『コンサルタントの秘密』レベルに訳が硬く、ところどころ誤訳すらあるらしいのだけど、硬い訳ゆえに笑えるところも多々ある。レコードと恋愛の両立や、かのビートルズマニアの集うコンベンションで主人公たちがはからずもクイズに優勝して「おれはビートルズオタクじゃない!」と叫ぶなど、何かを集めている人ならぐさりとつきささる現実と、自分より変な人はこの世にたくさんいるという安堵感を同時に与えてくれる大変よい本です。



