メイン

エッセイ アーカイブ

2006年03月21日

ブレッド・ミラノ『ビニール・ジャンキーズ』(河出書房新社)

ビニール・ジャンキーズ
ブレッド・ミラノ 菅野 彰子
河出書房新社
売り上げランキング: 74,866

わたしの知人には「古本者」と呼ばれる人たちがいる。その人々は「古本組」として時に徒党を組み、古本市を荒らすとのことで出入り禁止になった古書店も少なくない。基本戦術は一人がスクリーナーとなり、その間に棚からめぼしいものを抜き取るとか、人と棚の間にうまくペネトレイト、持ってる本でもだぶって買うことによって他の人の買い物をブロックしたりと、NBA選手並なのだ。

※ただいまの表現には誇張がありましたことをお詫びします。

『ビニール・ジャンキーズ』に出てくる人たちもそう変わらない。いや、むしろもっとすごい。ここではとにかくありとあらゆる手段を用いて自分のほしいレコードをかき集める。中古レコード店のないところにはハネムーンですら立ち寄らず、ついにはブルーズのレコードを求めて南部の黒人の家を一軒ずつ回るくらい。

まずは1章。筆者と仲間のビニール・ジャンキーズがすごい装置でビートルズのモノラル(市販されているのは左右に強制的に分けられたステレオ)、初回プレスの「サージェント・ペパーズ」、サッチモなどを経て、最後にかかる曲は「スキタイ人は恐ろしい異教徒だぞ!」という言葉と共にプロコフィエフ「スキタイ人組曲」が大音量でかかる。「これだ! これこそヘヴィメタルだ!」とトリップし、「スキタイ人はいい、何回聞いてもまた聞きたい」という名言で、ビニール・ジャンキーズのカーテンが開く。

他にも「レコードでいっぱいの部屋の真下で寝てるから、みんなに、夜中に天井が陥没したら下敷きになるぞと言われてる。それで思ったんだ。たしかにそうだけど、それこそいい死に方じゃないかって」とか、「すくなくともレコード・コレクターは、スター・トレック・マニアよりはましだ」なんて名言がごろごろしているし、音楽の情報としても(マニアックすぎて実際には役に立たないこともあるが)かなりトリビアルで読む価値あり。

そんな中でも白眉は「9章 珍品レコードのコレクター」。いきなりうさぎがシングル両面でずっと悲鳴をあげつづけるレコードをご紹介。「もしかしたらヨーコ・オノの音楽活動はこれに影響を受けたのかもしれない」にはじまり、リステリンについて熱く歌い上げるレコード、腹話術師がヘリウム声で聖書を歌い上げたりするヘンテコなレコードばかりの収集家がいるんだそうな。あまりにもばかばかしいから、誰かが集めないとただのゴミになってしまうことが集める動機なんだそうだ。

ここを読んでわたしははっとした。誤解を招くおそれがある言い方だけど、SFもラノベ(=ラテンアメリカ文学)もわたしはばかばかしいと思わないが、おそらく集めてる人は日本でもそれほどいないだろう。そしてそれらには価値があるとわたしは信じている。わたしの場合はコレクターというよりも変なものが好きなだけだろうけど、ヒットチャートの上位や何万部の売り上げに達しないものでもいいものは必ずあり、そういうものは誰かが応援しないとやがては永久に失われてしまう。だけど、多くの人にとってそれはうさぎの声だけのレコードとは言わないまでも、シリコンの長所について6分間歌い上げるレコードと大差ないのかもしれない。

この本はワインバーグ『コンサルタントの秘密』レベルに訳が硬く、ところどころ誤訳すらあるらしいのだけど、硬い訳ゆえに笑えるところも多々ある。レコードと恋愛の両立や、かのビートルズマニアの集うコンベンションで主人公たちがはからずもクイズに優勝して「おれはビートルズオタクじゃない!」と叫ぶなど、何かを集めている人ならぐさりとつきささる現実と、自分より変な人はこの世にたくさんいるという安堵感を同時に与えてくれる大変よい本です。

2006年11月06日

金井美恵子『遊興一匹 迷い猫あずかってます』(新潮社)

本書にはバブル間近の銀座で猫を目撃したことが書かれていた。日比谷シャンテの近くでビールを飲んでいると、ぬくぬくとひなたぼっこをしていたという。銀ブラなんて言葉があるように、銀座と猫というのは案外相性の良いものなのかもしれない。どっちもほのぼのとしてるけど、獲物(人はバーゲン、猫はメシ)を見つけると急に殺気立つところとして、銀座は日常であり戦の場にもなりうる共通性がある。

わたしも先日銀座で某メシを食べていると、ガラス張りの外にある公園からのそのそとパトカー模様の大柄な猫が登場し、まるで自分の舞台であるかのように毛繕いをはじめたのでした。銀座のレストランが多いところで暮らしている猫というのは、かなり良いものを食べているのではないか。♂♀は分からなかったけど、6kgくらいはあるかな。野良でその体格になるにはやはりフレンチの残飯をあさっているのでしょう。うちの猫なんて毎日ドライフード1種類で、飽き足りないときは外でイモリやら蛾なんかを取ってくるくらいだし、わたしだってフレンチなんてそうそう食べてない。いいなあ。

猫と暮らすことを客観的に見ようとすればするほど、猫への愛情があふれてとまらなくなる良いエッセイです。序盤は分析的に進んでも、終わりには猫へのたっぷり愛情で〆られるのが猫好きならでは。うちの猫はメスですが、オスといっしょに暮らすことはスプレーや縄張り争いなど、外部との摩擦が起こることを改めて知り勉強になりました。

2007年01月07日

新藤兼人『弔辞』(岩波新書)

弔辞
弔辞
posted with amazlet on 07.01.07
新藤 兼人
岩波書店
売り上げランキング: 481602

『老人読書日記』を読んでから新藤兼人の文章が気になっている。文字を読んでいても常に映像が浮かんできて、単に分かりやすいだけではない、映像の力づくを感じさせる文章なのです。この本は各界の著名人にあてた追悼のエッセイで、中には実際に著者自身が弔辞を書いたものもありますが、回想であり人物を亡くした悲しみの文章で構成されています。

とりあげられた人は次の通り。
・自分で選んで歩き出した道ですもの:杉村春子
・勝新ひとり旅:勝新太郎
・あるシナリオライターの生涯:田村孟
・松本清張は何を書いたか:松本清張
・太陽に向かって昇った:岡本太郎
・汚い絵:甲斐庄楠音
・マルクスボーイ歴史家の生と死:絲屋寿雄
・恥ずかしながら生きながらえて:横井庄一

日本文化に疎いわたしはどの方の生涯を読んでも初めて知ることばかり。単に事典のような外側から見たイメージだけで語られないことが何よりもすばらしい。宴会で酔っぱらって絡んだ田村孟や勝新太郎の名監督ぶりなどは新聞や雑誌から作られただけのイメージにはない。才能や努力がきちんとあることを認めさせる文章なのです。取り上げられた人たちの隣にいながら、その人たちを俯瞰する視点も持ち合わせており、何よりも人への尊敬が前提にあります。

この本の最大のみどころは、最後の横井庄一さんの半生を著者がシナリオ化し、それが全編掲載されているところ。バラエティ番組などでおもしろおかしく取り上げられたりしたけれども、横井さんが28年もの間ジャングルで孤独と恐怖に打ち克って生き延びた精神力、ゲテモノを食べて生き延びる生命力、満月で時間を正確に量り食べてはいけないものを見分ける知識に感嘆するしかありません。一方で、捕縛されてアメリカ軍に連行されて日本に帰るまではリアル浦島太郎の弱さをさらけだし翻弄され続けます。そんな中、病室のかたわらで熱狂し続ける人々を冷静に見据えながら、横井さんを優しく見守るグアム観光局次長の妻ヒサエの献身ぶりに泣きます。

   老兵は、ベッドにぐったりとなっている。
   ヒサエは、その傍らに立って、しずかに老兵をみる。
   老兵は、不安な眼でみる。
   ヒサエは、黙ってみている。
   老兵の眼から、不思議なことにしだいにゆっくりと、警戒の色が消える。
ヒサエ「ヨコイさん、ながい間、たいへんでしたね」
   老兵は、眼をしばたいたようである。
ヒサエ「あなたに、食べていただこうと思って、日本のお雑煮をつくってきたんですよ」
   ヒサエは、魔法瓶から、お椀に雑煮をつぐ。
   老兵は、ベッドに起きて、ヒサエの手許をみている。

みながみな、横井さんを見たとたんに大声をかける中、静かな病室の空間で向き合う二人のファースト・コンタクトに泣いた。距離感の中にあふれる優しさ、横井さんを「老兵」と指す誇り、警戒を解いた老兵は顔ではなく手許を見る。顔を見て相手の考えを推し量る必要がないと判断し、ただ日本の雑煮を待ちわびる懐かしさだけがある。久しぶりにシナリオを読んだけれども、無駄なことは書かず、ただ映像を作るための指示がこれほどに文章として洗練されたものとはじめて気づきました。大推薦の一冊。

★★★★★

2007年05月19日

吉村作治『豊穣のナイル、ルクソールの食卓』(中公文庫)

豊饒のナイル、ルクソールの食卓―エジプトグルメ紀行
吉村 作治
中央公論社 (1996/07)
売り上げランキング: 910012

エジプト考古学の超有名人、吉村作治氏によるエジプトの食に関するエッセイ。カラーで現地の写真が多数掲載されており、大変に興味深い。しかし、エジプトの珍しさよりも先にたってしまう欠点が二つ。

一つは余計な水彩イラストが多すぎることと、写真があまりおいしくなさそうに見えてしまうこと。パステル調のイラストはエジプトの熱には似合わない。そして写真も引きのカットが多く、食材そのものに焦点を合わせてあるものは少なく、全体に研究の合間に依頼があったからさらさらと書きました程度のもの。

もう一つ決定的にエジプトらしさを感じられないのが、著者が現地に日本の醤油を持ち込んでなんにでもかけていることだ。要はエジプトの味が合わないらしいのだ。これでは読者はエジプト料理への興味が盛り上がらない。料理専門家ではないのでないものねだりかもしれないが、エジプト料理という平成の日本でもあまりなじみのない地域の料理を、遺跡を発掘するようにもっと深く掘り下げてほしかった。

2007年05月27日

村上春樹『ランゲルハンス島の午後』(新潮文庫)

ランゲルハンス島の午後
村上 春樹 安西 水丸
新潮社 (1990/10)
売り上げランキング: 146785

村上春樹も嫌いなら安西水丸も肌に合わない。それでも食わず嫌いはよくないから手に取った一冊。もちろん図書館で。それに薄い。

Jazzが好きなところや、妙なところにこだわりがあったりしたり猫好きなところなんかも、結局のところわたしの同族嫌悪に過ぎない。わたしごときが同族嫌悪なんてはなも引っかけられないけれども、それでもわたしがイヤといったらイヤなのだ。あと、会社勤めしたこともないあたりも妙に鼻につく。あれ、なんだかイヤな表現はみんな鼻がつくな。

それにしても「僕」の多いことよ。自意識が強く他人は他人なんて平気なふりをしているくせに、妙に他人のことをしっかり観察している。そこも自分に似ていてイヤ。だったら読まなきゃいいのだ。というわけで、今日を限りに村上春樹を読まないことにした。たぶんきっと。

2008年03月09日

カート・ヴォネガット『国のない男』(NHK出版)

国のない男
国のない男
posted with amazlet on 08.03.09
カート・ヴォネガット 金原 瑞人
日本放送出版協会 (2007/07/25)
売り上げランキング: 1104

非常にすぐれた作家であり人の気持ちを奮い立たせるアジテーターのカート・ヴォネガットが亡くなってからもう1年がたとうとしている。「去年の暮れだっけ?」なんて思っていたらもう1年。本書は彼の最後の書籍として、SFファンならずとも2008年3月9日に生きて、これからも生きる人ならば全員読むべき一冊です。

本書ではアメリカの国民に向かってアメリカがいかに悪いことをしているか声を荒げて語りかける。何も悪いことをしていないイラクの人たちを殺し尽くすまで戦争を続けるのか? そもそも今のアメリカは何を犠牲にして成り立ってる? これはまるっきりとまではいかないまでも、日本に住む人にも通じる過去だ。何かを誰かを犠牲にして今の自分がこうしてパソコンに向かっていられるのはまちがいない。もちろん、わたし自身も何かを犠牲にはしているわけだが、犠牲にしたものを平らにしたらきっとわたしの上にはたくさんの犠牲が積み重ねられて、本を読んだりCDを聴いたりなんてことはできないにちがいない。そのへんのことはhttp://www.globalrichlist.com/を見ると実感できる。自分が世界で何番目に金持ちかが分かるサイトで、何度か実験してみるとどうも世界の平均年収は10万円くらいらしい。もちろん、自給自足で金はそれほど必要ない、という人もたくさんいるだろうし、そもそもこのサイト自体が信用できるかどうか分からない。でも日本やアメリカが先進国でお金をたくさん持っている人が多いというのは事実で、それは誰かの給料を安く抑えているからできることなのだ。

最後に孫引きとしてユージン・デブス大統領候補の言葉を。

下層階級がある限り、わたしはそのうちのひとりだ。
犯罪者がいる限り、わたしはそのうちのひとりだ。
刑務所にひとりでもだれかが入っている限り、わたしは自由ではない。

About エッセイ

ブログ「natsu in the sky with diamonds」のカテゴリ「エッセイ」に投稿されたすべてのエントリーのアーカイブのページです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

前のカテゴリはまんがです。

次のカテゴリはファンタジーです。