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マジック・リアリズム アーカイブ

2006年01月10日

読書部第11回 ガルシア=マルケス『百年の孤独』

百年の孤独
百年の孤独
posted with amazlet on 06.10.26
G. ガルシア=マルケス Gabriel Garc´ia M´arques 鼓 直
新潮社
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何度かの延期を経て、2006年最初の読書会としてふさわしい大著の読書会となりました。わたしは今回で読むのは2度目ですが、どちらも旧版(新版では改訳され、ブエンディーア家の家系図がついています)で読んだので、結局明確に家系図を把握しないままに臨むこととなりました。

いつものように自己紹介と感想・印象を順番に言ってもらうところでは、
・『百年の孤独』は難しいイメージがあったが、読んでみたらおもしろかったし読みやすい
・どこが「孤独」なのか分からなかった
・前に読んだときは、筒井康隆の影響
・『火星夜想曲』ぽいが、実は『火星夜想曲』が『百年の孤独』ぽいのだ
・アイデアをモザイクのように重ねただけの小説が多い中、それぞれのエピソードが有機的につながっているように感じた
・文章に濃淡があり、描写が凝縮されている
などの意見がありました。

「どこが孤独なのか」については、ウルスラとブエンディーアから始まったマコンドが、最後に豚のしっぽが生えた子供が生まれるまで、外部と接触はするものの、マコンドが受け入れることはなく、最後まで近親相姦的な愛が支配していた、という感じに収束しました。

あとはマジック・リアリズム近辺の話ですが、どうもわたしの勉強不足のせいで今ひとつうまく説明できませんでした。とても割り切ってしまうと、文学とファンタジーの融合で、そこに地域性や未知の文化がテイストとして加わっている印象です。で、サルマン・ラシュディやミラン・クンデラなどに代表される現代の有名な作家もマジック・リアリズムの手法を取り入れており、今一番熱いのはマジック・リアリズム! ということをかっこよく言おうと思ったんですが。

今までの読書会で遭遇したことのないアクシデントとして、旧版と新版ではページ数がちがうため、それを調べるだけで時間がかかってしまうという問題がありました。これは事前に全く予想していなかったので、次回以降はなるべく新版を使うようにしたいものです(そんな本はあまりないと思いますが)。

それとやはり事前に司会進行を他の参加者(特にぶちょう)に相談しておくべき、と思いました。わたしだけかもしれませんが、好きな本を取り上げる人が司会になると、どうしても客観性を保つことが難しく、自分の思い入れだけになってしまう可能性があると思うのです。そのため、ある程度「こういうことを話したい」という簡単なレジュメを参加者の誰かに見てもらうということを検討したいです。

今回の課題図書はとてつもないパワーがあって、読んでいる最中に圧倒されまくりだったわたしが司会をやるのが無理だったのかも、とやや反省中です。それでもこれも経験のひとつとして、次回以降に生かしていきたいと思いますので、これからもよろしくお願いいたしまする。

2006年01月15日

ヴァージニア・ウルフ『オーランドー』(国書刊行会)

「今日の若手作家連は本屋に雇われとるのです。」

あ、ちくま文庫なのか。わたしが読んだのは国書刊行会版です。訳にちがいはあるのかな?

ヴァージニア・ウルフといえば、フェミニストが好きな本を書きちょっと暗めな内容、という思いこみしかなかったわたしですが、やはり百聞は一見に如かず、自分の愚かで貧困な想像力を反省することになりました。

だって、マジック・リアリズムなんだもん! フェミニズムうんぬんはあまたある解説書にお任せして、どこがマジック・リアリズムなのかに着眼してみます。

『オーランドー』で使われているマジック・リアリズムの要素は、
・読みやすい
・おおげさ
・現在の科学で解明されていないことが、具体的な説明ぬきで起こる
・時間の流れ方が現実(普通の歴史)と異なる

・読みやすい
マジック・リアリズムは何よりも物語として読みやすくおもしろいものでなければならない、とは誰も明確に規定しているわけではありません。しかし、ラノベ=ラテンアメリカ文学最高の傑作にして代表的なマジック・リアリズム作品『百年の孤独』をはじめとして、マジック・リアリズムの作品は読みやすく単刀直入におもしろい作品が多いものです。『オーランドー』も英国のかわいいけれど時代錯誤な詩人から始まり、恋の遍歴を重ねてトルコへの都落ち、そこで性転換(こう書くとモロッコみたいですが)からback to UK、運命の出会いをするも愛するあの人は船乗りでほとんど家におりませぬ。そうこうしているうちに歯の奥にある加速スイッチを押して、気が付けば20世紀という大変すぐれた石ノ森章太郎なのです、ということでフェミニズムやゲイにびくついてるSF/文学好きにはぜひ手にとっていただきたい。

・おおげさ
繊細な筆致が続くオーランドーですが、冒頭にいきなり大寒波のおおげさな描写があって、マジック・リアリズム的つかみはばっちりです。

ノリッジでは若く頑健な田舎女が道を横切ろうとしたところ、曲り角で凍るばかりの突風に打たれて見る間に粉と砕け、ひと吹きの塵と化して屋根の上を吹っ飛んでいくのを目撃した者がいる。

じゃ、なんで見ていた奴は塵と化して吹っ飛んでいかないんだなんて言うのは野暮です。また、1章の最後では「英文学散文の粋」と言われているという、テムズ川の氷河大移動のシーンも圧巻。氷の上で平然と暮らしていた人々が、突然川が氷解したものだからただただ流されていき深い川の底に沈んでいくという、街に自然の力が押し寄せるダイナミズムがすてきです。

・現在の科学で解明されていないことが、具体的な説明ぬきで起こる
については、何はともあれこの小説のメインとなっているオーランドーの男性から女性へ転性です。彼はトルコに大使として赴任するのだけど、争乱の中7日間の眠りにつき、目覚めたら女性になっていたというシーンは、エドワード・バーン=ジョーンズか、羽海野チカ的おむかえかという勢い。

また、この転性がトルコという「ヨーロッパとアジアの境」で起こったことも象徴的です。文化的な世界と野蛮な世界を分ける場所で起こり、その後ロマ族に拾われるというのも劇的ですばらしい。

・時間の流れ方が現実(普通の歴史)と異なる
というのは、すでにボンスロップと出会った場面あたりから始まるのですが、物語当初では1600年代に生きていたオーランドーが、結婚後物語を書き始めます。書く作業に没頭するうち月日はたち、オーランドーは実際の歴史の時間からどんどん加速しながらはみだしていきます。すでに馬車ではなく自動車が走り、電話が開通しているイギリス。この時間の加速はカルペンティエール『バロック協奏曲』でも見られるように、時間の流れが一定でないがために過去と現実がないまぜになることで生まれる混乱の妙。

ガルシア=マルケスだと時間が過去と未来にスウィングしてしつこさになれ合う感じになるのですが、ここではさっぱりと加速し、解説によるとオーランドーのモデルとなった一族の時間の流れでもあったようです。

てな感じで、意外なところにマジック・リアリズムが潜んでいたものだと小説のおもしろさを改めて感じました。マジック・リアリズムじゃないけど、伝記作者が出てきてうまいつっこみを入れるというのは、『ドン・キホーテ』ぽいメタ小説としてもおもしろい。印象としてはティプトリーが一番近いかもしれません。

2006年06月17日

サルマン・ラシュディ『真夜中の子供たち』(早川書房)

真夜中の子供たち〈上〉
寺門 泰彦 サルマン・ラシュディ Salman Rushdie
早川書房
真夜中の子供たち〈下〉
寺門 泰彦 サルマン・ラシュディ Salman Rushdie
早川書房

まず言っておきたいのはこの本を絶版にしている早川書房は頭を丸めて反省し、すぐに再刊すべきであるということ。これは『夜のみだらな鳥』を同様にしている集英社も同罪です。反省文も提出するように、いいね。

ある程度ネタばれ覚悟であらすじを説明しちゃうと、インドがイギリスから独立した日の夜に生まれた子供たちのことを「真夜中の子供たち」と主人公が呼んでいる。彼らはなんでか分からないけど超能力者として生まれ、深夜0時に近い時間に生まれた者ほど強い力を持っているわけ。そのへんの審査体系についてはインドの神様に聞いてくれ。

で、主人公にして語り手は0時ちょうどに生まれた一人ですごい能力を持っているが、鼻デカでぐず。もう一人同じ0時に生まれたシヴァと超能力戦争を繰り広げる。シヴァのキャラがかっこよくて、貧民街から殺人首四の字固めでなりあがり、軍隊を指揮するまでになる。しかもなんでも破壊する超能力付き。首四の字固めって首の周りに足を巻きつけて昔のプロレスではよく使われていたけど、21世紀にはあんまり使われないよね。こんなダサい技でも極めればインドで軍隊を率いたりできるようになるところが、人間の大いなる可能性を感じさせてくれます。きっとマットに寝転がる普通のかけ方じゃなくて、トップロープからの飛びつき首四の字なんだと思う。ヘッドシザースぽい。

話もさることながら物語の構成、語り口がとてもおもしろい。まず祖父の話から始まるのね。えっ、一人称なのになんでじいさんのことそんなによく知ってるの? 見てきたように祖父語り。そこにちょいちょいと主人公の主観が入り、びしびしと主人公の傍にいるパドマという女性の突っ込みも紛れ込んできて、最初は何が起こっているのかよく分からない。おまけに語りそのものが時間順ではなかったりする。その後は当然父について語り、主人公本人の語りはようやく上巻が終わる頃になって始まるんである。遅いよ。

語り口の構成として、

回想:祖父の話
主観:主人公の主観
現実:パドマのつっこみ

序盤はこれらが同時展開されているのです。ここまですごくないけど、カズオ・イシグロ『日の名残り』も同じような構成で、

回想:若かりし頃の執事が活躍する
主観:年老いた執事の回想に「執事の理想」がまぎれこむ?
現実:車で旅をしながら田舎の人々に出会う

となっている。二人とも共にイギリス以外の場所で生まれ、一人称による語り口によって主観の入り交じった回想を小説として仕立て上げているところがおもしろい。

7/11は『悪魔の詩』翻訳者が殺される時効の日らしいので、追悼の意も込めて近いうちに読んでみたいですね。

2006年10月11日

パノス・カルネジス『石の葬式』(白水社)

石の葬式
石の葬式
posted with amazlet on 06.10.11
パノス カルネジス Panos Karnezis 岩本 正恵
白水社

読書部第16回の課題図書をさっそく読んでしまいました。あまり早く読むと読書会までに興味をなくしてしまうことがあるのですが、この本については杞憂だと思いたい。

ギリシアのマジック・リアリズムという売り文句では、世界中のマジック・リアリズムに興味のあるわたしが見逃すわけにはいきません。ここでマジック・リアリズムの条件についてわたしなりの認識を書いておくと、

・あくまでもリアリズムを基調とした小説
・その中に世界観を壊さない、または世界観を作り出す幻想的な事象が起こる、または幻想的な事象が前提となっていること
・神話、民話をベースとした物語が「多い」
・読みやすい

正直に言って、日本に住んで飛行機に乗ったことのないわたしにとって、他国のリアリズムは想像の範囲を出ない。また、日本国内でさえも、江戸以前の歌舞伎や能の物語が現実感を保ったまま消化できるかというと、とてもできていないと思う。落研にいたからといって、吉原ときいてきちんと研究、勉強している人はもとより、時代小説を読む人ほどにも実態を想像することはできていない。それでも、吉原には遊女がいて、今の風俗産業とはちがい粋な遊びをしにいくところというくらいの認識はある。リアルさを実感するためには人それぞれ手がかりはちがうので、マジック・リアリズムについては今でも明確な概念ができあがっていない。むしろ消去法として、「ファンタジーとしては現実ぽい」「一般の小説/文学としてはファンタジー要素がある」というように、「なんとなく、マジック・リアリズム」という全体の印象を指す言葉でいいのではないでしょうか。

マジック・リアリズムもさることながら、本作で見るべきなのは登場人物の生々しい感情の表れです。ギリシアの文学というとまっさきに古代の神話が思い出されますが、最近のギリシアの小説についてはほとんど情報がないように思います。ギリシア自体もオリンピックがあったくらいで、実はあまりなじみがないことに気づきました。ギリシアというと、わたしのいろんなネタ元である成田美名子に『ALEXANDRITE』という傑作漫画があります。空手と柔道を学びながらNYの大学に通い、ギリシア人の血が流れる青年(アレックス)が主人公で、作中でアメリカからギリシアに自分のルーツを探しに出る。アレックスが生まれた頃、ギリシアでは革命が起きて実の父親は政治活動のためアメリカを離れてしまったため、アレックスの父親は消息不明という設定だ。そこで描かれるギリシア人は、陽気だが自身の正しさのためには血を見る戦いも辞さない。切羽詰まった状況でも笑いを忘れずに前進するそうです(「カリパリ」「ケフィ」)。アホなところもあるけれど、強くて前向きというイメージをギリシア人には抱いていたのです。

ところが、本書のに出てくるギリシア人はとにかくダメ。小心者でペシミストの駅長、頑固でクレイジーな神父(「汝、癒えんことを願うか」では真っ赤になって大活躍)、抜け目なく金儲けだけが生き甲斐の地主などなど、キャラクターが豊富で直情的。それぞれは生きる気力がまったくないか、ものすごく間違った方向に使われている。皮肉と黒いユーモアが貧しい村にどんよりと覆いかかっている。それでも笑う余地があるところがメヒコの『燃える平原』とはちがうところか。それとも歴史のちがいかもしれない。

それぞれの短編はゆるくつながっており、ところどころにギリシア神話のモチーフが髀肉を交えて使われている。現代版イカロスを描いた「応用航空学」、常人にはつかまえられない「ペガサス号の一日」、直にケンタウロスが出てきてしまう「サーカスの呼びもの」などなど。なかでも表題作は他の作品より若干長く、重さと笑いのロードムービーという感じでぜひ映画化してもらいたい。

作者のパノス・カルネジスはギリシアに生まれ、成人してからイギリスで工学を学んだそうです。BBCではラジオドラマを作ったようで、動画でインタビューが公開されています。どこまで聞き取れるか分かりませんが、わたしもこれから聞いてみます。海外ではチェホフ、アンジェラ・カーター、カルヴィーノ、ヘレン・シンプソンらと比べられるほど好評のようで、なにくわぬ顔で意外な物語を紡ぎだす力量は、さすがWhitbread賞の選考に残っただけはあります。トルコとアナトリアの戦争を描いた長編『The Maze』もぜひ訳されてほしい。

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