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2006年04月03日

森見登美彦『太陽の塔』(新潮社)

太陽の塔
太陽の塔
posted with amazlet on 06.10.14
森見 登美彦
新潮社

ずっと噂を聞いていた「京大マジック・リアリズム」。ようやく手にとってなるほどなっとく。といっても、わたしは修学旅行も含めて2回行っただけで京都の土地勘はほとんどない。だから具体的な場所の持つ住民ならではのイメージは薄い(四条河原町が繁華街ってことくらいは分かる)。それでも十分に笑えたし、(おおげさに言うと)魂のよりどころとか性根のあり方を考えさせられた。

京都大学に入学したのはいいものの、協調性を欠きうち解けない主人公をはじめ、歴史の表舞台にはなかなか登場しづらい男4人の大学生活暗黒物語。主人公はようようできた彼女にクリスマスプレゼントを突き返されてふられ、それ以降彼女の研究と称して尾行を繰り返し、「研究成果」をノートにびっちり書き込んでいる。ヘンタイだ。

主人公の元彼女水尾さんは主人公の追憶の中でしか姿を現さないところがすばらしい。そうだ、美しい愛は常に過去にしかありえないっ。今そこにある愛はどろどろでぐだぐだなんだから、もっと美化して妄想に浸るのだ、と応援したい。情けないと言われようが、それもひとつの愛。他人には受け入れがたいけれども、愛にはいろんな形があるんだから、それはそれでしょうがない。

惜しいなと思うのは「邪眼」の植村嬢が有機的に絡んでこないこと。物語上、同じ学年の女性と設定することはかなり広い意味を含んでしまうと思うのだけど、その眼で見つめられると萎縮してしまうという単純な役割にとどまっている。ありきたりなパターンなら、4人組の誰かを好きというシチュエーションとかその逆と考えられるけど、毎回単に疑惑のつっこみを入れるだけで消えていってしまう。

物語が後半にさしかかると、主人公の語りが現実を離れて人の夢に入ったり、非現実的な描写に直面する。それは彼の一部であり世界だから驚くこともなく引きこもることもなく、その世界を処していくのだ、とわたしは受け止めました。が、ここはいろいろな読み方ができて、大変好印象。個人的にはマジック・リアリズムで起こる非現実的な事象には象徴性が極力排除されている方が好みなのでやや描きすぎかなとも思いますが、それはわたしの単なる嗜好。そもそもなんだかよく分からない太陽の塔がある時点でこの物語の非現実性は確立されたようなもので、その元でうごめく人と夢の純粋さとあほらしさを、主観ながらも落ち着いた筆致で描き出しており、非常に好印象。10年後、20年後の作品はきっと京都の枠から飛び出して驚かせてくれるんじゃないか。今から楽しみなので長生きしなきゃ。

2006年07月26日

エドマンド・ホワイト『螺旋』(早川書房)

螺旋
螺旋
posted with amazlet on 06.10.07
エドマンド ホワイト Edmand White 浅羽 莢子
早川書房
売り上げランキング: 1,111,400

本作は1995年頃に早川書房からシリーズ化された「夢の文学館」シリーズの第2巻目にあたります。このシリーズはアンジェラ・カーター『ワイズ・チルドレン』、ジェフ・ライマン『夢の終わりに…』(刊行予定時は『ウォズ』)、コニー・ウィリス『ドゥームスデイ・ブック』、クリストファー・プリースト『魔法』までが刊行されましたが、最後にして最高に期待されたジョン・クロウリー『エヂプト』は2006年現在も未刊です。うずうず。

エドマンド・ホワイトはゲイ作家ということも知らずに初めて読んだのですが、ナボコフにも比較されるという文体の優美さは日本語訳でも充分に伝わってきます。18世紀フランスのポルノ小説をモチーフにしたというこの小説は、登場人物がロンドのように組んで踊り、時が来たら別れてまた別の人と踊る様に、出会って仲睦まじくなり、また離れて別の人との異なる愛情を繰り広げる絵巻物のような小説でした。そして表紙のタンポポのような赤い花は5つ咲いています。ガブリエル、アンジェリカ、"おっさん"マテオ、女優マティルダ、"エステで完璧"エドウィージュたちが繰り広げる恋愛模様は近親相姦、ロリコン、SMとなんでもありです。

冒頭はもてない男の典型のようなガブリエルが、低い身分のアンジェリカと恋に落ちる場面から始まります。高い身分でありながら不細工をコンプレックスにしているガブリエルは、自由奔放なアンジェリカに誘われてSEXの喜びを知ります。不細工というコンプレックスを抱えつつも、人から愛されることでほのかな自信を得るあたりは、最近だと『電車男』(わたしが読んだのはWEB版です)でデートを重ねて自信をつけていくところのように、もてないコンプレックスを抱える人とそれを克服した人すべてに共感されるテーマでしょう。二人が「痺れ」を感じるシーンでは「痺れ」としか表現しようのない粗野さと、そこに込められる感情の大きさ、初々しさがはじけるようです。

やがて二人は道を分ち、コンプレックスをマジック・リアリズム的に解決したガブリエルは叔父マテオに伴われて都会に出てきます。着飾った人々、化粧以上に上塗りされた人々、それでいて皆目的は単純なことしか抱えていません。田舎から都会に出てくる描写の落差こそがこの小説最高のみどころです。むしろ田舎の粗野だからこそ美しい場面を思い起こさせるために、都会の退屈で平凡ながら平凡でないふりをする人々を延々書き続けているのかもしれません。しかしそこはナボコフの再来とまで言われたホワイトの文章、ごくごく狭い舞台をいっぱいにつかってメインとなる5人を、時には激しく時には穏やかに動かし、ロンドで相手が交換するときのように優美ななめらかさでそれぞれを描き出します。おわりなく続くかのように見えた舞踏も、やがて終わる時が来る。そのシーンのドラマチックさは自分がありえなかった歴史の目撃者になったかのようで、「そのとき歴史が動いた」と身体で感じられる小説です。

でも、あとがきを先に読んで、柿沼瑛子さんの「マジック・リアリズム」という言葉がなかったら手に取ることもありませんでしたが、同時にこれほどしみったれた「マジック・リアリズム」も珍しい。歴史的な背景を持ってはいませんが、むしろ正統派の文学として評されるべき一冊だと思います。作者にはゲイ文学というレッテルが貼られているようですが、そのような前評判をふりはらって一人でも多くの人にフィクションが抱えることのできる空間の広さ、表層的な人間関係の下にはらむかけひきを感じてほしいと思います。

2006年10月07日

ジェフリー・フォード『白い果実』(国書刊行会)

白い果実
白い果実
posted with amazlet on 06.10.05
ジェフリー フォード Jeffrey Ford 山尾 悠子 谷垣 暁美 金原 瑞人
国書刊行会
売り上げランキング: 44,282

1998年受賞作。出版当初は山尾悠子訳(ほんとは共訳)ということで話題になって、確かに硬質な雰囲気をたたえてはいるけれども、訳に凝るほどの世界観ではない。冒頭は言葉を選び抜いた豪奢な文章ですが、進むにつれてアクション要素が多くなり、良くも悪くもまっとうなファンタジーでした。

小説の中にある「章」はけっこうくせものだとにらんでいる。わたしは高校の文芸部以来小説を書いたことはないけれど、要はプロットの見出しなわけで、見方によるとそこで区切れてしまうことがあります。1つの章がノルマに見えてしまうのです。この本は350ページ程度の分量で30にも章が分かれていて、同じページ数でもガルシア=マルケスだと章なんてなかったりして、物語全体に自分をゆだねることができるように思えるのです。30もあるとなんだか富士山に登っているようで、「今15章。あと15章か、えっちらおっちら」となんだか作業しているみたい。なので、小説の章分割には反対派です。ページ数すら載せてほしくないくらい。そういう点では電子リーダーは先のページ数が分からないから「このページ数があればもう一つくらいどんでん返しがあるな」などの邪推ができないところは評価できます。

さて、主人公はいやみねたみそねみの「3み」でできており、人の顔から性格やら人生やら将来やらを読み取る観相学の権威。とある村で見つかった白い果実を見つけ出すために、高慢な態度で村娘をかどわかして助手として村人の選別にあたる。この観相学、「額の広さ○○mm、鼻の高さ××mm、よってこいつはランク2、平々凡々でくだらない」などと直感に頼らずきちんと計測するところが笑えた。現実の占い師にも見習っていただきたい。主人公は悪どいくせにマニュアルどおりの生き方しかできない(しかも重度の薬物中毒)保守派なんて、どこの○民党員だ。そんな彼も栄枯盛衰の憂き目を見て世界が変わっていく、その筆さばきは自然で読者を世界観にうまく取り込んでいます。

国書刊行会と山尾悠子がそろったせいで、なんだかありがたくおしいただかないといけないようなものものしさを読む前は感じていましたが、読んでみればハヤカワFTでも遜色のない、ちょっとSFがかったファンタジーですよ。読みやすくて仕掛けのないジーン・ウルフといった感じで、文庫化してもっとたくさんの人に読まれるとよいのではないでしょうか。

2006年10月15日

野溝七生子『女獣心理』(講談社文芸文庫)

女獣心理
女獣心理
posted with amazlet on 06.10.15
野溝 七生子
講談社
売り上げランキング: 244,370

昭和5年の少女漫画ちっくな作品。大島弓子の比較的初期の作品「ほうせんか・ぱん」や「キララ星人応答せよ」のような、現実感の薄いおままごとのような人間関係。だが、そこにある心の濃度は昨今の小説にはない、清らかな奔放に満ちている。

司法試験に合格した新名塁(しんなとりで、通称ルイ)は、従妹であり許婚の沙子(すなこ、通称シャコ)の元に戻る。沙子は美術を通して九曜征矢(くようそや)と仲良くしていた。征矢は美術学校時代に描いた名作から「レダ」と呼ばれており、過去に謎めいた秘密を持っており、今はシャコの隣家で貧しい生活を送っている。ルイは結婚を間近にしながらレダに魅かれていく自分に気づくが、結婚はつつがなく執り行われるが、自分の気持ちをくつがえすことができない。やがてレダの過去が徐々にあきらかになるにつれ、幸せな3人の友情が崩れていくのでした。

もう、この命名自体が大島弓子ぽい(時間的には逆ですが)。「ミモザ館でつかまえて」の亜麗、「バナナプレッドのプティング」の衣良など、大島弓子に限りませんが、当時の少女漫画では西洋の名前を美しい感じに直したものが多かった。単純な西洋への憧憬が命名されることで、日常のドラマからひとつ抜け出した高尚さを演出していたように思われます。この小説でも冒頭はルイが許婚に偶然銀座で出会うシーンから始まり、

 白昼の銀座は何か悲しい。ジャンダークがオルレアンで呟いた例の名句「この雑踏の中のこの寂寥」が、隅々にまで一ぱい漂っている。
 眼の前に、ぱっと花が降ったように現れた、多い色彩を備えた時世粧(アラモード)だ。危うくぶつかりそうになって踏み直ったところを摑まったのである。
 「あら、あら。」
 従妹は叫んだ。今そこを勢いよくお出ましになった、資生堂の旧館の、暗くさえ見える扉口が、彼女の背後にあった。私は帽子をとった。
 「どうしたの、沙子(シャコ)。」

このハイカラぶり。そしてステレオタイプな偶然。これでこそ少女漫画のロマンであります。韜晦な言葉遣いでも森茉莉のように完全に浮世離れした高邁さはない。これは贅沢なままごとなのです。女性同士の心遣いや優しさを存分に見せながら、そこに男も巻き込んでいくおままごと。冒頭の聞き違えが象徴するように、男は騎士(ナイト)、女は姫君で、そこに身体関係のような生々しさは入る余地がない。ままごとは陽の当たるところで保護者に見守られた安全な場所で行われる遊びだから。女が困ったときには男が助け、悲しいときには抱き合って、手を重ねてわんわんと声をあげて泣く。

この頃から、すでに謎めいた美少女レダは少年の面影をたたえた中性的な造形で描かれているところが興味深い。女性であるために男をその美貌と絵画の才能で惹きつけ、女からは保護する対象(おままごとでいうところの人形)であり、堕落をそそのかす蛇でもある。沙子からは人形に見えても、現実を正しく生きる沙子の母から見ると危険な存在に写るのです。

そしてラストの衝撃。ままごとという大きな壷が床に叩き付けられて壊されるにも関わらず、夢の中のように音がしない。悪夢で幕を閉じることで全体の幻想性を保ったところが、おもしろくも上手さを感じました。

2007年05月26日

イアン・マクドナルド『黎明の王 白昼の女王』(ハヤカワ文庫FT)

黎明の王 白昼の女王
黎明の王 白昼の女王
posted with amazlet on 07.05.26
イアン マクドナルド Ian McDonald 古沢 嘉通
早川書房 (1995/03)
売り上げランキング: 494715

久しぶりに正統派ファンタジーを、と思って手に取ったらまんまと裏切られた。この意外性があるからハヤカワFTはおもしろい。

600頁もあるのは、3部作になっているから。1900年代初頭にお嬢様エミリーが妖精と出会う第一部「クレイグダラホ」、第二部「神話録」ではジェシカ・コールドウェルが自分の出自に気づきIRAの兄ちゃんとかけおちし、第三部「コーダ 晩夏」の短いシーンを挟んで第四部「神の臨在(シェーキーナー)」はそれまでの現実感を超えて居合い抜きが得意な少女イナイがサイバーパンクのような舞台で活躍する。

どの章も少女から受胎を経て女性となる過程を元にしつつ、平行世界で繰り広げられる妖精の世界が垣間見える主人公が翻弄される様を描く。しかし電車の中で細切れに読むには世界が濃密すぎて、入り込めないところや世界観を一歩引いて見てしまって冷めてしまったことも事実。また、わたしの読解力ではそれぞれの章の関連性がサブキャラクターの存在が共通しているだけで、あまり強い世界の結びつきが感じられなかった。特にラストの命名シーンで連環の輪が閉じるかと思ったが、『エンジン・サマー』のようなきれいさではなく、とってつけたようなピリオドにしか見えない。一度では読み取れない情報がたくさんあるので、また挑戦します。

あと、原題のシンプルさ(『King of morning, Queen of day)に比べて、邦題ではあえて仰々しさを強調してあるのはなぜだろう?

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