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2006年11月04日

赤と黒の芸術 楽茶碗

三井記念美術館で開催されている「赤と黒の芸術 楽茶碗」に行ってきました。東京駅から歩いたのですが、意外に距離があって、ついつい途中のバー「Celts」に寄り道、KIRINのペールエールをいただいてしまいました。ちょっと軽めだけど昼下がりにいただくにはさっぱりして良い気分転換になりました。大きめのスクリーンに映画がかかっているし、音楽は80'sポップスでなかなかのなごみ空間。

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実際の会場は日本橋三越の隣にある三井本館ビル7F。日本橋の街は普段着から着物を着ているような女性や、歩きながらでは呼吸が苦しいのかでっぷりと道の端に座って「ねぎはあるの? 鴨ねぎにするんだからねぎがいるでしょ」と携帯電話で話す男性などがそこここに見られ、銀座よりも年齢層が高くて興味深いです。西川の布団屋さんがあれほど繁盛するのは土地柄なのかもしれません。三越などはすでに日本橋の象徴とすらいえるたたずまいで、道の対角線から眺めると丸みを帯びた入り口側の角が芸術品のようです。百貨店の品格を改めて感じました。

初めての日本橋にいろいろ感慨を覚えながらいざ三井本館へ。大きく改装されて中には千疋屋などレストランやショップが入っていますが、会場の三井記念美術館は窓枠や内装は木造で入ったとたんに歴史の暖かみを感じられます。美術館は白壁で寒い感じの建物が多いですが、やはり木の建造物というのは本能で安心感がわき起こるものだと新しい発見です。

まずは長次郎という楽茶碗の伝統を作り上げた初代の作品が一つずつケースに入って並びます。「無一物」「一文字」のように切れ味鋭そうな名前があると思えば、「ムキ栗」「つつみ柿」「まきわら」のようなかわいらしいものまで名前がついているのが楽しい。とにかく視覚的な柔らかさ。焼かれる前の土の柔らかさや釉のとろとろした感触が印象に残ります。視覚よりも触覚が刺激され、西洋の絵画や工芸品の展覧会では感じられないものでおもしろい。

その後は二代常慶から十五代吉左衛門までの名品が並びます。徐々に技巧が見えてきて模様が入ったり釉をかけないところを残して富士山の形を作ったり。また、初代ではメシ茶碗のように底が狭いものが多いのですが、代を経るごとに中が広がっていき、このあたりは茶に使われることを意識した改良と勝手に解釈しました。平茶碗なんて水盆みたいで今のお茶のたてかたではこぼれてしまいそう。昭和に入ると球に近い形を切り取って茶碗にしたような形が目立ちます。特におもしろかったのが1960年代に製作されたという「綵衣」で、釉が直線的に分かれており、黄緑色の部分がとってもアバンギャルド。

絵画は普通に立てば視界に全てが収まりますが、茶碗というのは背が低いため、普通に立って上から眺めるだけではダメだと早いうちに気づいたのは今回の収穫でした。茶碗の台の部分や横から見た茶碗の表情は膝をかがめないと見えてきません。鑑賞している人たちは年配の女性が多く、わたしより10〜20cm下から見ていることを考えると会場としてはちょうどいい高さの配置なのだと思いますが、成人男性にはやはり低い。しかし、高い視点もいいところはあります。茶碗の中は背の低い人だと底の方は見られないのです。

あとは昨今ユニバーサルデザインなどともてはやされている持つためのくぼみなんてすでに実現されていましたよ。茶碗を両手で持ったときに、薬指と小指は底を支えますが、中指・人差し指、そして手前に親指の三本がかかるためのささやかなくぼみがぼんやりと感じられる茶碗が多かったです。また、下の方に釉がかかっておらず土肌が露出しているのも、滑り止めの役割がありそうです。人間が発明した便利なことは実は半分くらい忘れられていて、今は再び発明し直していることがあるのかもしれないと考えると、功利主義者の人に叱られてしまうでしょうか。

2007年01月28日

漆芸界の巨匠 人間国宝 松田権六の世界

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東京国立近代美術館工芸館で漆芸界の巨匠 人間国宝 松田権六の世界を見てきました。昨年末にNHKの新日曜美術館(ひどいページだ……)で放送された特集を見て、蒔絵の奥深さに感嘆したもので、これはぜひ本物を見ねばと。番組では戦前に古い技術の復興を果たし、脂の乗った時期に戦争を体験しながらも贅沢な材料を使わずに最高傑作「蓬萊之棚」(鶴がひょろひょろ集まった棚)をものし、戦後は後世の育成とともに常に新しい素材を求め、「一日一図案」を実践して亡くなるまで研究を怠らなかった松田権六の生涯を分かりやすく魅力的に取り上げていました。

番組では可能な限り実物に寄って細かい所まで映し出していましたが、実際に見に行くとどうしてもケースの限界があり、目の悪いわたしなどは本当に細かいところまで観察できないところもありました。しかし、それでも精緻な技巧と良質な漆(通常は漆職人に任せるところも自分で漆選びから携わったそうです)、多様な素材によって作られたまさに漆「芸」は見所たっぷりです。ぽってりした黒い棗に金色の鷺がひらりと舞い、くわくわと棚に集う鶴、ひょうひょうと飛ぶ赤とんぼ、漆が乾くまでにささっと描かれた野花。どれも蒔絵はここまでできるのかと驚くしかない名品ばかりです。

器だとどうしても人間以外の火の都合、偶然性によるところが大きいですが、漆は人の手によってほとんどが左右できるため、意外性によるおもしろさよりも、人智の工夫が如実に反映されます。であるからこそ、毎日図案を生み出し、作品の向上を常に勘案するというのは容易ではない。若い頃から天才でありながら、当たり前の努力を続けたからこそ偉大な作品の数々が生み出されたのだと思います。あまり大きく宣伝されてはいませんが、世界的な傑作の数々を作り出した松田権六の集大成は、今何よりも見ておくべき展覧会です。

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