メイン

art アーカイブ

2007年08月06日

「トプカプ宮殿の至宝展」

3p1.jpg

むかしは確かにトプカピだったはずのトルコの宮殿はいつの間にかトプカプになっていて、綴りを見たら日本人的にはトプカピだけど、トルコ語ではトプカプなのでしょうな、と勝手に己をなだめながら猛暑の上野へ。

トルコというと、トマス・M・ディッシュが『アジアの岸辺』で言及していたように、ヨーロッパとアジアの中間地点であり、それぞれの影響によって独自の文化が築かれているようです。今回の展覧会でとりあげられているトプカピ宮殿はトルコ最盛期のオスマン・トルコ時代に歴代のスルタンたちが軍事力を背景に美術の力で権威を示そうとしたともいわれるほど、華麗で精緻な装飾が見所。蠅を払うほうきひとつにも七宝で綿密な細工を施し、宝石を入れてアクセントにしています。広告にもなっているスルタンのターバン止めには世界最大の四角くカットされたエメラルドがはめこまれており、金銀すなごは当たり前、トルコ石やらダイアモンドやらルビーやら輝くお宝の山でありました。

きらきらした宝石なんかに興味がない男子でも、武器コーナーでは目を輝かせることまちがいなし。「聖職者は刃を持てない」のキャッチフレーズでおなじみのメイスは黄金色に輝いているし、孫の手よりも短いアックスは黄金色に細かい模様が施され、馬のメンコも黄金色。もちろんそれらは儀礼用ですが、とにかく権力を誇示するには黄金しかないという信念があったのでしょう、何もかも金ぴかです。

しかしわたしは残念ながら日本人。金閣寺を壮麗とは思っても決して美の中心にはおけないように、トルコ人のきらめき☆センスはついていけません。外に出てさびれた寺の門を見て安心してしまいます。当時のトルコは無限の富を費やしてまで表現しなくてはならなかった、という必要性に原因があったようです。裏切りによって子孫が争いを起こさないように皇子たちを監禁し、絶対的な年功序列によって歴代のスルタンを維持しつづけたオスマン帝国にとって、金銀財宝をごっそり身につけ中国の青磁でメシを食うことは無駄遣いとは言い切れない権力の確立に必要だったのだなと、派手さの中に潜む人間の悲しさに思いを馳せてしまうのでした。

2007年10月08日

世田谷文学館「植草甚一/マイ・フェイバリットシングス」

mainImgUekusa.jpg

大学時代、勉強にまったく興味が持てなかったわたしは無頼を気取って麻雀に打ち込んだりJazzのレコードをあさったりしていたものだが、当時はすでにJazzはフュージョンは終わって下火になっており、今ほど盛り上がりはなかったような気がする。プログレやJazzが好きなのは、当時の美意識や機材がないなりの工夫が結晶になっていた。ジャケットは写真を黒を基調に青やピンクなどの2色に抑えたBlue Noteや、Prestigeの硬質なイメージに言葉には表せないあこがれを感じていたのでした。チャーリー・パーカーやマイルス・デイヴィスはもちろん、チェット・ベイカーの甘い声、ビル・エヴァンスのしとやかなピアノは何度も繰り返して聴いたものです。

それらに接するとき、参考になるのは同時代のJazz専門誌ではなくて、すでに膨大なレコードが出ている中でこれがいい、と談じている評論家のエッセイなどです。村上春樹から油谷正一、そしてこの植草甚一の文章によってJazzへの距離がずっと縮まったのはまちがいない。70年代の意外性がおもしろさに直結し、おもしろいことだけをやって評価される時代。音楽に関しては今よりもずっと「粋」があったと思います。

そのおもしろいことだけをずっと追究しつづけたのが植草甚一でした。おもしろいものを見つけてそれを形にすることで趣味を仕事にしていた風流人。その洋書コレクション、筆まめだったはがきの数々、Jazzの記事などを展示しているのが世田谷文学館で行われている「植草甚一/マイ・フェイバリットシングス」。Jazzに関する展示が中心だが、悪趣味すれすれのネクタイやきりっとしたジャケットも展示されている。この実験精神を愛せる感性を広めた先駆者として見ておくべき展示でありました。

また、2階ではムットーニさんのからくりが設置されていて、偶然待ち時間なしに見ることができたのでした。上映していたのは村上春樹の「夢」、夏目漱石の「夢十夜」に加えて、ブラッドベリの畢竟の名作「万華鏡」。「万華鏡」は物語を読んでいないとなんだかわかんない代物ですが、浮かんだような沈んでいるような宇宙飛行士が印象的でした。こっちを見るだけでも行く価値ありです。

About art

ブログ「うぽれけにっき」のカテゴリ「art」に投稿されたすべてのエントリーのアーカイブのページです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

次のカテゴリはdayです。