シャーリイ・ジャクスン『ずっとお城で暮らしてる』(創元推理文庫)
東京創元社
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「引きこもり」。これを解決すべき社会問題とみなす人と甘美な快楽とみなす人、世の中は引きこもりについて意見が分かれる。そしてわたしはまちがいなく後者であり、前者を「おせっかい」と認定している。
本書はちょっと複雑な事情で美人姉妹と叔父が大きな屋敷に引きこもっている話。他の家族は何らかの理由でみないない。そして生き残った姉妹と叔父は村の民から目の敵にされている。特別なところは何もない普段の買い物にぴんと張り詰めた緊張感を描いたところは実に秀逸で、世界はみな敵で自分たちだけが正しいという視野狭窄な視点だが、つい姉妹に肩入れして読んでしまう。
ステラの店にいるあいだにだれかが入ってきたら、あたしはすばやく立ちあがって外に出て行く。でもときには運が悪いこともある。この日の朝、ステラがカウンターにあたしのコーヒーを置いたとたん、入り口に影が差し、ステラが顔を上げて「おはようさん、ジム」と声をかけた。ステラはカウンターの反対の端まで行って待っていた。客がそこにすわれば、あたしがこっそり帰れると考えたのだ。でもやってきたのはジム・ドネルで、あたしはすぐさま今日は運が悪いとさとった。村人たちのなかには、あたしが知っていて、個別に憎んでやれる本物の顔を持ったやつが何人かいる。ジム・ドネルと女房もその仲間だ。ほかの人々のように、習慣でなんとなくあたしたちを嫌っているわけではなく、意図的に憎しみをぶつけてくるのだから。たいていの人なら、ステラの待っているカウンターの端に腰をおろしたはずだが、ジム・ドネルはあたしがいる端へまっすぐにやってきて、できるだけあたしに近い場所、となりのスツールにすわった。けさはあたしを困らせてやろうともくろんでいたからだ。
語り手のメリキャットは広い世界を知らない子供にありがちなさまざまなまじないや、一日の運勢をちょっとした予兆で決めつける。わたしも通学の途中で登った坂の上から、一つ先の山を眺めて一本だけ周囲より抜きんでて高い木を見つけられたら今日は運がいい、霧などでけぶっていたら調子が悪いと判定していたことがあったので、メリキャットの一つ一つ身近なものの動きに敏感に反応して自分勝手なまじないに耽る気持ちはよくわかる。しかも資産家だったので、金はうなるほどあり、高価なものを平気で木にくくりつけたりして野ざらしにしたりする。それがきっかけでまさにメッキがはげる事件などもあり、実に愉快。さらにつきものの猫までいる完璧な内的世界なのであります。
わたしにはミステリのアンテナが立っていないので、語られていない事件の真相などにはあまり興味がなく、ひたすらに彼女たちの送る甘くもきちんとした生活を眺めていられるのが楽しい。女性同士の引きこもりといったら、わたしにとっては榛野なな恵のもっともアナーキーな作品『ピエタ』を引き合いに出さずにはいられない。決定的に異なるのは火の使われ方だ。榛野なな恵は敵を焼き殺そうとする(紙屋研究所さんの『ピエタ』レビュー)が、本書では「魔女裁判」として使われる。だから、村人は後に反省したりするのだ。だから決して一般人の醜さ、狂気だけをとりあげているのではなく、裏表紙の「人間心理に潜む邪悪を描いた」というのはやや一面的に過ぎる意見に見えた。人間でもイナゴでも集まったらろくなことをしでかさないのは今に始まった話ではない。
梅雨時に窓を閉め切って冷房をドライにし、電話もテレビも音楽もとめてタオルケットにくるまって息を潜めて読むべき、今が旬の一冊。










