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ウィリアム・トレヴァー『聖母の贈り物』(国書刊行会)

聖母の贈り物 (短篇小説の快楽)
ウィリアム・トレヴァー
国書刊行会
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唐突にランク付けをするなら、コルタサル、ナボコフ、ガルシア=マルケスと同じレベルの衝撃を受けた短編集と言い切ってしまいたい。登場人物はそれぞれ夢のお告げや過去への憧憬を執念深く抱いており、やや一般の人々になじまない面を持つ。彼らの思い入れを肯定しつつも、現実には受け入れられていない事実もきっちり描き出すところがトレヴァーの残酷であり恐ろしいところ。思い入れが社会にそぐわないときに社会からつまはじきにされてしまう拒絶の状態が静かに、しかし確実に進行しており、常に恐怖感がつきまとう読書でした。ホラーよりもこういう話の方がこわい。

冒頭の「トリッジ」から不穏さは漂っていたが、「こわれた家庭」を読んでトレヴァーがただものではないことを確信した。あらすじは老婆の家にボランティアの学生が送り込まれて意にそぐわない家の改修をされてしまうというもの。一見ただの不条理ものだが、ラスト間際で主人公の老婆が信じてきた現実ががらがらと壊れていく、壊してしまう手法が怖い。別に年寄りでなくても、今の自分が正しいのかまちがっているのかは誰にも答えが出せず、もしかしたらとてつもないまちがいを毎日繰り返しているのかもしれないわけで、それが現実に突きつけられたらどれほど落胆することか。人生をわたしの倍以上過ごして自分の生き方に確信を持ってきた老婆(とはいえ考え方も身体もまだまだしっかりしている)が、自分の考え方から大切な思い出のつまった住処まで強制的に変えられてしまったらどれほどつらいだろう、と同情してしまう。思っていても言葉にされなかったこと、事実とされているものごとの裏にたくさんの人の感情が動いていて、普段は常に確執を起こさないようにねじ曲げられていることを突きつけられます。さしづめ、満員電車で互いの視線が合わないように身体の向きを変えたり顔をそらしたりするような行動が、日常生活の見えないところで繰り広げられている。それをわずか30ページ足らずでつまびらかにしてしまうトレヴァーの力に脱帽。

思慮深さ、敏感さを湛えているこころに波風を起こす他人は、憎むべき敵であり、敵に対しては身内であっても時に冷酷であらねばならない、とするのはこの短編集でもっとも長い「マティルダのイングランド」。3編に分かれた中編で、9歳の時にテニスコートの思い出があり、2年後には父親が戦争で家を不在にし、戦争が終わってしばらくした21歳で結婚するマティルダの物語。シビアな「Papa told me」とおおざっぱなくくりをしたくなるように、家庭の崩壊をテーマにし、古き良き思い出を温め続ける者はそれを大切にする一方、思い出を共有できない者への異常な敵対心が物語の動機になっていることが分かってくる。ここで腐敗した感情は、次の「聖母の贈り物」では発酵の域に達しています。

自分にとっては大傑作でも、他人に勧めるには思い入れが強すぎたり、自分の思い入れが吐露されていて恥ずかしかったり、他人に共感されないことが自己否定につながりそうな恐れ・ためらいを抱く作品があります。わたしが好きな少女漫画は少女漫画を読んでいる事実を他人に知られたくないという表面的な取り繕いよりも、その漫画で描かれている感情の揺れに共感している自分を見られたくないし、作品とわたしだけの関係でありたいという独占欲が多分にあります。この本もそう。誰にも読まれたくない一冊です。

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