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フリオ・リャマサーレス『狼たちの月』(ヴィレッジブックス)

狼たちの月
狼たちの月
posted with amazlet on 08.01.03
フリオ・リャマサーレス 木村 榮一
ヴィレッジブックス (2007/12)
売り上げランキング: 122519

2005年秋にリャマサーレスの日本デビュー作『黄色い雨』が出た時には、全体を貫く美しい憂鬱感、どうしようもない寂しさにやられちまったものです。貧しい寒村の話なのに、なぜか幻想性さえ漂う、まさに「霊妙」と呼ぶべき傑作でした。そんな彼の新しい作品が出るという、わたしが生きている作家では珍しく待望と言わねばなりません。

まずページを繰るととびらにはスペインの地名が登場します。

一九三七年秋、アストゥリアス地方で共和派の前線が潰走し、海によって退路を断たれた敗残兵は人の住まないカンタブリア山脈の木々がうっそうと生い茂る険阻な山の中に逃げ込んだ。

アストゥリアス地方はスペイン北部。地図では次のあたりになります。


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この地図で「Vegamián」で検索すると、おそらくあとがきで触れられている作者の故郷「スペイン北部のレオン地方のベガミアンという町」の写真が表示されるはず。湖があって荒涼とした山並みが続いているところのようです。本書の舞台となるカンタブリア山脈はアストゥリアス州の州都オビエドとレオンの間に東西に延びる地域です。ここに語り手のアンヘル、仲間のラミーロ、フアン、ヒルドたちはタイトルのごとく狼のように隠れ住み、フランコの反乱軍が撤退するのを待っているのです。

とびらから1ページ前に戻ると目次があり、「一九三七年」「一九三九年」「一九四三年」「一九四六年」とタイトルがついています。Wikipediaの「スペイン内戦」や、「スペインの歴史」によると、1937年はアストゥリアスの西にあるバスク人の町ゲルニカに大規模な爆撃があり、1939年はフランコによる内戦終結宣言、ひとつ飛んで1946年はスペインがファシズム認定されて国連から排斥になった年です(ちなみに1943年はイタリアが降伏した年であるようです)。作品内部ではさほど政治的な内容は扱われませんが、スペイン内戦の区切りとなる年を見出しに使っていることはこの内戦を前提として書かれていることの証明であり、上記程度の内容は本書を読む前に知っておくにこしたことはないはずです。

さていよいよ本文に目を通すと、翻訳文学としては意外ともいえる読みやすさです。もちろん詩人でもある著者の言葉選びは比喩もふんだんに取り入れられていますが、おおむね情景の描写に沿ったものであり、詩的な言葉を取りいれて主人公たちの行動をむやみに美化したりするようなことはしていません。それでいて主人公たちを狼となぞらえて、人間たち(治安警備隊や村人たち)に追い込まれていくようすを描いていく。淡々と、というにはあまりに美しく、戦いの場面が凄惨かというとそうでもない、無声映画を見ているように静かに時が過ぎ傷ついていく彼らの姿を読者であるわたしも懸命に追っていく。この読書体験はリャマサーレスならではと言えるでしょう。

客観的に見ると主人公たちの行動は他人に大きな迷惑をかけ、彼らが生き延びれば生き延びるほど地元の人に迷惑がかかる。地元の偉大な闘士がいつのまにか厄介者扱いされるようになるのです。すでに戦うこと・生き延びることだけが目的となり、フランコが倒れるまでひたすらに略奪を繰り返す。戦い続けることの哀しみは山に降る月明かりに照らされて追い詰められていく姿は、『黄色い雨』でも感じた救いのない絶望に近いところにあります。死してようやく救いを得るような八方ふさがりぶりを全体にまとわせながら、それでも懸命に生きる主人公たちの姿を克明に書き表す著者の筆に今回もまた圧倒されました。

読書にカタルシスを得たい人には全く不向き。しかし、戦争もので爆弾どかーん銃弾どばだだだと単に乱暴でショッキングなだけではなく、人間が追い詰められても耐えて生きる姿の描写には、魂を揺さぶる真実の世界が体現されています。悲惨さが前面に出てしまうあまたの戦争ものとは決定的にちがう非常な才能を感じます。あまりに一気に読んでしまったので細かい感想は書くなら後日。まごうことなき傑作。全員読むべし。

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